近藤裕希のページ

 
 
 
 
 

懐かしい音色と歌声

 夜も更けたが、クリケはこのまま王都を離れ、クロノスの大平原で野営をしようと思い、王都の南門へ足を伸ばした。しかし、当然と言えば当然なのだが、王都の内外を隔てる門は夜間、閉ざされており、一般人の通行は認められておらず、クリケも都の外に出る事は出来なかった。

 そんなわけで、クリケは門の守衛に教えられて宿が立ち並ぶ区域へと歩いていた。王都への旅行者が集うという酒場や劇場が軒を連ねる夜の繁華街は、シェルフルド学院の近辺の静閑な雰囲気とは一変し、表通りも王都の雰囲気と美酒に酔いしれた旅人たちが浮かれ歩いている。何事にも垢抜けないクリケはどういう顔つきでこうした場を縫い歩けばいいのかも判然とせず、一人だけくすぐったげな表情でまんじりと馬を曳いていた。

『古より語り継がれるその人は、今日も浮かぬ顔して歩いてる。』

 ある宿屋の軒先を過ぎようとした時、クリケの前を歩いていた若者がその宿に入ろうと扉を開け、誰かがマンドリンをしどけなく奏でる旋律と微妙に節が跳ねる歌声が屋内より漏れ聞こえて来た。思わず、クリケは足を止めた。その扉に荒縄で括り付けられた「文豪来たれり亭」と乱雑に刻まれた看板が、扉が開閉される度にガタンガタンと揺さぶられた。

『くよくよしても見つからない。

 嘘も真も見つからない。

 それが世の中ってもの。

 私の大切なものは私が決める。

 いいでしょそれで?

 誰かが誰かを縛るなんてナンセンス。

 だから私は今日もこうして歌ってる。』

 この宿屋の店内は暖かく、賑やかだった。やがて、歌声の主がマンドリンを奏でる手を止めた。

「外は寒かったでしょ、クリケ?」

 寒さに凍え縮み上がっていたクリケをからかうように見つめ、暖炉の傍らに座るマイランはつんのめるようにして明け透けな笑い声を上げた。

 

2012年1月7日土曜日

呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解

第七十話

 
 
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