近藤裕希のページ
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あの男と漆黒の台座
ついに、クリケはお爺さんと暮らした掘建て小屋へと戻って来た。クリケはドキドキしながら、囲炉裏と寝床のある母屋の扉を開けた。長い間手入れされていなかった木製の扉を動かすとキィキィと軋んだ。屋内は蜘蛛の巣が張り、クリケとお爺さんが去ってからというもの、誰も母屋を使ったものはいないようだった。期待していただけにがっかりしたが、蜘蛛の巣を側にあった帚で払い始めた。
しばらく、クリケは母屋の掃除に没頭していたが、やがて書庫の方で本が書棚から床へ落下する音が聞こえ、驚いて顔を上げた。心臓の鼓動が急に激しくなった。誰かがいるのだ、この掘建て小屋に。
「お爺さん?・・・いるの?」
クリケは恐る々々書庫に近づき、その扉を開けた。お爺さんの机の前に立って書物を捲っている者がいた。そして、クリケの呼び掛けに応じて悠然と振り返った。
「やあ、久しぶりだね。クリケ・レード君」
クリケは思わず一歩後ずさり、剣を求めて腰に手をやった。しかし、今のクリケは丸腰だった。今、彼の目の前にいるのは、いつの日かに滝壺庭園で刺し殺した悪魔ヴェイリン卿だったのだ。
「驚かなくてもいいだろう、クリケ君。私が君に会いに来るのはそんなに不自然かな?内心は君も分かっていたのだろう?そう、私が君を迎えに来る事を」
「僕はあなたと、悪魔と契約など何もしていない。僕は、もう剣の使徒であることも放棄したし、これ以上、何も望んでいないんだ。なのに、何故。何故、あなたは僕にちょっかいを出そうとするんだ」
ヴェイリン卿は動揺して青ざめたクリケの顔を見つめていたが、その血色の悪い浅黒い顔が少し赤みに染まり、やがて、高らかに笑い始めた。
「そうとも、君は私と契約など何もしていない。そして、何も求めはしないのだろう。だが、君はこうしてこの場所へと戻って来た。それは何故かな?君のお爺さんがここにいると本当に思ったからか?違うまい、君は私の剣を手に取ろうとして戻って来たのだ」
「何を言っているんだ、ヴェイリン卿。あなたの剣のことなんか、これっぽっちも思い出しやしなかった。そんなもの、どうだっていいんだ」
「そうかい?まあ、それならそれでも良いが。君、ちょっと一緒に来たまえ。なに、地獄へ連れて行くわけではない。ちょっとここの丘を登ってあの台座がどうなっているか確認したいだけだ」
クリケは、状況が飲み込めぬまま、息を殺しつつヴェイリン卿と共に丘を登り、かつてお爺さんがクリケにナクサズの剣を託した台座の前に立った。ヴェイリン卿の剣を飲み込んで漆黒となったあの台座だ。
「クリケ君、騙されたと思って、ちょっと台座に手を触れてみたまえ。なに、悪いようにはならんさ」
クリケは吸い寄せられるように、台座に手を置いた。急に立ちくらみがして、彼の意識は漆黒の闇に沈み込んで行った。
自身の全てを受け入れ、これからは何気ない日々が始まるのだと思っていたクリケの人生に、再び理不尽な運命の糸が絡まろうとしていた。
2011年12月8日木曜日
呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解
第四十五話