近藤裕希のページ
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置き去りにした場所
ある日の早朝、クリケは一人でこっそりとウルフェンクの古城を抜け出した。前日に、古城からゾラ・ファンダラが見える方角を確認し、それを目指した。なんだか、胸騒ぎがして、じっとしていられない。お爺さんが本当にあの掘建て小屋に戻っている予感がして、それが本当の事に思えて仕方なくなった。
クリケは一心に歩いた。数ヶ月前にオルファルリアと共に歩いたように、獣道を通り、以前のように途中で日が暮れた。クリケは適当な場所で焚き火をして古城から持ち出して来た食糧で飢えを凌ぎ、毛布に包まって眠った。
何も怖くなかった。今のクリケには、怯えなければならぬようなものは何処にも存在しなかった。根拠は無いけれど、自分には何か不可思議な力で守られている確信があった。いや、不可思議ではない。今は、帰れる場所もあるし、心の拠り所になる仲間もいる。今、ここにいなくても、クリケの側にいなくても、クリケを信頼してくれる仲間がいる。
それは、確かな心の支えだった。ただ、クリケはそれでも自分自身の暮らしに欠けているものがある気がしていた。それが何かは、本当、よく分からない。今は、お爺さんにもう一度会える機会があれば、満たされる何かがある気がするだけである。
だから、歩く。子供の頃、お爺さんと一緒に暮らしたみすぼらしいけれども思い出のある掘建て小屋へ。クリケたちの生活物資を運び、お爺さんの手紙をクリケの母親に届けた運び屋オウル・アヴィーンの荷馬車の轍はもう見分けられなくなっていたけれど、厳しくなったこの冬がローランチェリーの木々の葉を全て舞い散らせ、クリケが進むべき道筋を明らかにしていた。
やがて、クリケは子供の頃、毎朝水を汲んでいた小川に辿り着き、皮膚に突き刺さるように冷たいせせらぎを渡り、遥か昔よりこの地に根を張り天を常に恋うて来た大樹ゾラ・ファンダラの姿に再び目見えた。あれだけ生い茂っていたゾラ・ファンダラの葉々も全てが舞い散り、黒々とした幹と枝が天を突き刺そうとしていた。冬になると毎年この姿になっていたのに、これまで気づかなかった事実を今になって、ようやくクリケは気がついた。
夏には生い茂る葉々が太陽光を遮り、その闇の帳にあらゆる生命が近寄らないこの古木の下に、寒さに震えるこの厳冬に弱々しいながらも微かな温もりの感じられる陽の光が差し込んでいたのだ。
そこは、もはや、クリケが感じていたような静寂が支配する空しい空間ではなかった。彼がただ、気づかなかっただけで、本当に意味の無い世界ではなかったのである。
2011年12月7日水曜日
呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解
第四十四話