近藤裕希のページ

 
 
 
 
 

誰とも知らぬ者との約束

 日が西の地平線に落ち、空が紺碧に染まった。今日は冷たい冬の大風が吹き、このところ陰鬱と空を覆っていた雲もどこかへ吹き飛び、混じり気の無い澄んだ大気の中、満月と星々がその輝きを増している。

 果て無き山脈の山腹にある大きな銅鑼が、ただ一度、打ち鳴らされ、そのくぐもった響きが世界中をゆっくりと流れた。月夜の夜会が今年も開催されることを告げる合図である。

 果て無き山脈の頂には既に数十名の有象無象が集い、ジャヤワナがこの一年の間に大釜に垂らしてきた人々の鬱憤と願いを混ぜ込み、グダグダと火に焼べ続けてきた粥を、寒さに震える皆に振る舞っていた。

 有象無象の中にはマイランやユールリアムもいた。マイランは彼女に憧れる数名の若い文人に囲まれ、得意げにマンドリンをかき鳴らしている。ユールリアムは彼がいつも出席するパーティとは似つかぬ地味なこの集いに、ちょっと困惑し、退屈していた。自分が主役でないという事実も、彼を何やら面白くない気分にさせている。

 今年の集まりでも、虚勢を張る者もいないが、白熱した実のある議論がなされることも無かった。何処となく倦怠と諦めがこの場に漂っているのも例年通りであった。しかし、老婆ジャヤワナが、突然、金切り声を上げて熱い粥で満たされた椀を一人の男に向かって投げつけ、場が騒然となった。皆の視線がジャヤワナと粥を投げつけられた男に注がれた。

「穢らわしい俗世の犬がこの静謐なるべき場に紛れ込んでおる!」

 男は彼の銀の甲冑に付着した粥を羽織っていた深紅の外套で拭い、何事も無かったかのように静かに笑った。グロウゼオ・ビュロスだった。

「俺が俗世の犬か。そのように歯に衣着せぬ罵詈雑言を久し振りに耳にしたが、何やら心地いい。このところ、追従の言葉しか聞かなかった故に、うんざりしておったのだ。よい、そなたらの邪魔はせぬ。俺はただこの剣をここへ届けに来ただけだ。用が済めば去る」

 グロウゼオは戸惑うこの世の識者たちの間を悠然と歩き、かつてゴルバロスがしたようにナクサズの剣を鞘から引き抜き、力を込めて台座に突き立てると、剣の側に鞘を置いた。

「俺は多くを望まぬ。為すべきを遂げた後、俺はお前の主にこの身を委ねるだろう」

 夜空の一角に瞬く明星アルゼクスを見上げ、そう呟いたグロウゼオの口から、白い吐息が洩れた。その場にいる者全てが自分たちの支配者に一瞬だけ過った寂しげな姿に驚き、ざわめきが嘘のように鎮まった。グロウゼオは、何事にも気づかなかったかのように外套を翻し、月夜の夜会の場から姿を消した。

 

2011年12月28日水曜日

呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解

第六十五話

 
 
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