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盲目の僧侶

 オルクレス・アルゲイ卿は途方に暮れていた。彼は主君グロウゼオ・ビュロスに叛旗を翻す事を決意していたが、彼の本意を分かち合える腹心が彼にはいなかった。王都より彼と行動を共にして来た深紅の薔薇騎士団の騎士達はオルクレスの事を信頼している。だが、それは深紅の薔薇騎士団員としてのオルクレスを信頼しているのだ。かつてのオルクレスと同様、彼らは深紅の薔薇騎士団団長グロウゼオ・ビュロスへの忠誠を最高の誇りとしており、オルクレスが彼に叛くとなれば、彼らがどう反応するかは火を見るより明らかであった。一方で、フォルク・レード卿の旧臣たちをオルクレスは懐柔して来たが、ハルヴァーナに再び戦乱が巻き起こることを知れば、彼らもオルクレスを支持することを躊躇するかもしれない。彼らは、もう不毛な争いは終わったものと考えており、これ以上自分たちの郷土が荒れることを嫌うだろう。

 彼の唯一の希望はオルファルリアがクリケ・レードを連れて彼の許を訪れてくれることだけだった。それで、かつてクリケやオルファルリアと出会った樫の木のある丘に、毎日、素知らぬ体で出掛けて彼らと出会うことを期待していた。今のところ、オルクレスは彼らと再会していない。それでも、彼は諦めきれず、暇ができると必ずその丘へ馬を飛ばし、樫の木の下に座った。

 もう、観念して王都へ出向き、グロウゼオに名誉の死を賜ろうかなどと、投げやりに考え始めた頃、一人の僧侶が彼の隣りに座った。最初、オルクレスはその僧侶を気にもとめなかった。

「何やら悲しい鳴き声が聞こえますな。そう、群れから逸れてどうすれば良いか分からなくなった一匹の狼が漏らすような」

 僧侶はかつてオルクレスが耳にした事の無い妙な抑揚で語り出した。

「わたくしは目が見えませぬ故に、私の側に座る狼がどのようなお方かは分かりませぬ。それ故に、わたくしはここでゆるりと独り言を呟きましょう。

「何も見えぬ灰色の世界において、このように凍えるような寒い季節がやって来ると、御仏の道を歩くわたくしもさすがに辛うごさいます。つい、何かにすがりたくなりますが、御仏はわたくしに何も与えてはくれませぬ。経典にある極楽浄土の景色はそれはそれは素晴らしいものだと先達より教えられ、若い頃、わたくしはそれをこの目で見ることが叶うならどのように幸せだろうかと思うていたわけでありますが、そのような奇蹟はわたくしの身には起きませなんだ。

「されど、光を感じられぬ私でございますが、温もりにより様々な事を思うのでございます。何かを求め、彷徨い歩いた挙げ句、わたくしは思うたのでございます。人の肌に触れ、己と同じような温もりがある事を知ったときより、わたくしの心は安らぎ、わたくしの目には何も映らぬという事実も、素晴らしい極楽浄土の景色もどうでも良くなったのでございます」

 そうして、盲目の僧侶がそっとオルクレスの腕に触れたその温もりに、ハルヴァーナの支配者も束の間の慰めを感じ、静かに目を閉じたのだった。

 

2011年12月25日日曜日

呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解

第六十二話

 
 
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