近藤裕希のページ
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第三章 いつしか埋もれたもの
見つからぬもの、見えぬもの
私はずっと長い間、先の見えぬ暗い道を歩き続けて来た。小さな子供の頃から、自分が外にある世界から隔離させた場所に一人で生きているように、そう感じて来た。誰もが私を害するのだという恐怖感が常に私の心に巣食っていた。
辛さを感じなかった時代は無かったが、しかし、暗澹たる人生だったわけではない。私は知りたかった。本当に何も知らなかった頃、何を知りたいのかすら分からなかった頃ですら、私は「知りたい」という気持ちを抑えることが出来なかった。
どこまで知の探索の旅を続ければ良いのか、どちらを向いて歩けば良いのか、そんなことは分からなかった。ただ、陽光の気配がすると感じれば、そこへ出向き、様々なものを見て、感じて、そして書物を読んだ。いつまでも、自分が何を知りたいのかすら、分からずに来た。
あれから、様々なことが私の身の回りで起きた。そして、私は自分が本当に知りたかったことが何か、それを知った。そして、それを既に私はもう知っていた。
知識という言葉など、何の役に立とうか。学問という言葉などに何の価値があろうか。知の道を歩く者、誰もが知らぬ事を知ろうとする。知の探求者、皆に思い出して欲しい。何の為に知ろうとするのか、知りたかったのか。社会の為、人の為に知の探求を始めたわけではないと思う。社会も人も、そんなものが何なのか知らぬ前から、「知りたい」気持ちをあなた達は抱いていたと思う。
今後、世界は大いに混乱し、騒がしくなるだろう。だが、私は自分の人生を頑に歩く。一歩ずつ、しっかりと踏みしめながら歩く。望まぬ世間の騒乱に巻き込まれたとしても、己の道を歩き、静かに自分の人生を全うしよう。
どうか、皆が、目の前の状況に動揺する事無く、本当に自分が何を望むのかを思い出し、皆が持っている良心に従って、絶望せずに望むものを叶えてくれたらと願ってやまない。
失うことを恐れるな。全てを失ったなら、新しい旅を始めれば、それでいいではないか。
2011年11月24日木曜日
呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解
第三十一話