近藤裕希のページ

 
 
 
 
 

乱れし世の演説家の叫び

 巨富に憧れ、数知れぬ人々がマインへとやって来た。多くの者は伝もなく、計画も無かった。只、繁栄するこの大王国随一の港湾都市にやって来さえすれば、仕事があり、快適な暮らしがあると思うに過ぎなかった。大王国が”全ての者の暮らしが良くなる最善の政策”と謳い掲げた「国家拡大構想」という極彩色のスローガンに誰しもが熱っぽい夢を抱いた。大王国の宮廷で練りに練って策定されたこの大事業を、誰もが成功すると信じて疑わなかった。そして、実際に宮廷にもたらされた事業報告書の数字を見ても、大王国の経済が数十年に渡り、実質的な成長を遂げていることは疑う余地が無かった。

 今、クリケはオルファルリアたちに連れられてその港湾都市マインの東門からメインセンター街へ通じる大通りを歩いている。片側四車線の大通りには大量の物品・人夫が乗せられた荷馬車がひっきりなしに行き交い、車道の両端には幅四メートルの歩道が敷かれ、食料品、衣料、各種道具、雑貨など、様々な露店、小売り商店が軒を連ねている。また、約二百メートル置きに大通りに直交する道路が敷かれ、それぞれが専門商店街や倉庫街になっていたり、居住区に通じていたりする。

 とにかく、この大通りの喧噪は甚だしかった。車道を頻繁に行き交う荷馬車の馬蹄音と車輪が道の凹凸に激しくぶつかり火花を散らす轟音が響き、露店の商人が果物などの商品を手に掴んで振り回しながら通りすがる人々に大声で値段を連呼し、一区画に一人は必ず板箱に上がって拡声器で何かを喚き散らしていた。

「オルファルリア、俺、何だか気分が悪くなって来たんだけど・・・」

 クリケは、一向に鳴り止まないこの騒音に耳鳴りがし、目紛しく移動する人混みの中、白馬が興奮するのをなだめねばならず、そういったストレスと緊張で目眩がした。しかし、それはオルファルリアもシュプーンも同様のようで、小一時間この雑踏を進む内に、オルファルリアも疲れの色が見え始め、シュプーンに至っては禿げ上がった頭のてっぺんまで死にかけた蛇のように皮膚の色が青紫色になっていた。そして、ツォルンだけが、「おいっ、俺のかわいいロバちゃんにそんなわけ分からんものでパンパンにした汚ねえズタ袋をぶつけるんじゃねえよ。あ?なんて目で睨みやがるんだ。おっかねえな、てめえって奴は・・・。ぶるっ、まあいいよ、気にしないでくれ。すまんかったな」などと、相変わらず所構わずに喋りまくっていた。一行はとにかく休憩が必要だということになり、キョロキョロと休める場所を探しながら往来を進んだ。しばらくして、メインストリートから分岐している、ある脇道の先に芝生の植えられた広い公園があるのを見つけ、一行は這々の体でその脇道に逸れ、各自の馬やロバを公園の柵につなぎ止めてヘナヘナと芝生の上に寝転んだ。

 今は午後一時を少し回ったところだろうか。若干雲行きが怪しいものの、日が翳っているわけではなく青空も垣間見える。風は冷たいが陽光の照りつけがまだまだ強く、総じて心地よい。丁度、ピクニック日和で、パラソルを突き立てて、のんびりと寝そべっている人々や裸足で駆け回って遊んでいる子供の群れもいる。クリケも脱力してうつ伏せに寝転び、芝生の上にべったりと身を委ねながら、顔だけ横に向け、そうした情景をぼんやりと眺めた。嘘のように、和やかな情景だった。この都市には何も問題など無い様子だった。

「ああ、気持ちいい。生き返るよ、ほんと」

 クリケが同意を求めるように彼の側に腰を下ろしていたオルファルリアを見上げると、彼はちょっと浮かない顔をして、空を流れる雲を眺めていた。クリケは訝しく思ったが、それ以上話しかけないでおき、公園の中を緩やかに蛇行する銀杏の並木道がある方を見た。銀杏の木を使って子供たちがかくれんぼのような事をしているのが見えた。クリケはそういう風に大勢で遊んだ経験が無かったし、もうそういう風にして遊ぶ歳でもないので、子供たちがちょっと羨ましく、ちょっと妬ましかった。しばらく、そういう気持ちで子供たちを見守っていると、随分と痛んだ木箱を一つ乗せた荷車を引っ張った中年の小太りの男が並木道に姿を現した。彼は、並木道のど真ん中で立ち止まり、荷車から木箱を降ろすと、危なっかしい手つきで木箱の上に這い上がった。

「あの人、何するんだろう」

 クリケが不思議に思い、誰にともなしにそう呟くと、ツォルンが軽蔑したように鼻を鳴らし、「また、ご立派な演説を始めるんだろうよ。この街じゃあ、よくあるこった」と宣った。そして、ツォルンの予想通り、男は大声を張り上げ始めた。

「・・・世の中には困っている人々、子供たちがいます。仕事も無く、その日に食べるものもありません。この街の役人は、それを見てみぬ振りをします。どうか!私にカンパと署名をお願いします。私が広く福祉、行政に尽力し、ずる賢い金持ちから貧しい人たちへと富を分配する仕組みを作ります。あなた方の声がこの街の政治を変えるのであります!・・・」

 クリケは何ともなしに中年男の演説を聴いていたが、シュプーンにどう思うか尋ねてみた。シュプーンは、「なあに、単なるいかさま師さ。金の流れは世の流れ。飯が食えなけりゃ、よそへ行きゃいいんだ。文無しでも飯は田舎に行きゃあ、多少はある。農場の手伝いをすりゃ、食わせてくれるぜ?この街が世界の全てじゃあ無い」と言って舌をチロチロさせた。オルファルリアも、「世の中にはああいう人もいるのですよ。あなたのお父さんもその気配がちょっとありましたね。まあ、ああいうのが良いのか悪いのかは私は言わないことにしてますけど」とクリケにそっと言った。クリケは、中年男の演説をどう受け止めていいか分からず、深くは考えないことにした。そんなことは、色々な人を知り、色々な世界を見て、それから。いつの日か、あの中年男の事を思い出すかもしれないし、どうでも良い事として忘れ去ってしまうかもしれない。それは、自然な時の流れが決めることなのだ。

 

2011年11月19日土曜日

呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解

第二十六話

 
 
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