近藤裕希のページ
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マイン侯ユールリアムの悩み
港湾都市マインは地理的に見て、リュネイル大王国の南西部に位置する。都市の西側は「無垢の王の真珠」とも呼称され、最も広く美しい湾として知られるラフィヨムドンヌ湾の海岸があり、都市の南北東にはそれぞれ新興国ポルニカ小国へ通ずる「新たなる栄光の道」、王都ラァフと連絡する道「王都繁栄の道」、大王国東部との交易を支える「黄金きらめく道」と呼ばれる三本の大商道がリュネイル大王国の近年の隆盛を支える大動脈として機能している。
元々、マインが建設されたのはマインの南方に位置するこれまでリュネイル人が手を付けずにいたポルニカ地方を開拓してリュネイル人を入植させ、リュネイル大王国の国土を拡大する国家拡大構想の一環で、その事業を政治的・経済的に統括する拠点を構築しようという政策により、港湾都市マインの原形は約百年前に一応の完成をみた。その後、マインを統括して来た俗にマイン侯と称される大商家ハビスラムド家が数十年をかけてリュネイル大王国の隅々にまで毛細血管のように食い込む一大経済網を作り上げ、現当主ユールリアムの時代には大王国の王家をも凌ぐのではないかとも噂される巨富を築き上げた。
ユールリアムに政治的野心は無い。ただ、大王国の経済を左右する立場に自分自身がいることに非常に自負心を持ち、最近それに関連する悩みがある。ポルニカ小国のことである。政治的野心は無いとはいえ、大域に渡って経済を取り仕切る以上、政治的情勢に無関心・無関係でおられるはずが無い。ジャルヴァラン人との戦争やリスト三世の崩御に起因して大王国の政治的中枢が突如麻痺した事も当然憂慮しているし、それによるマインへの直接的な影響として、これまで大王国の属国として管理・運営されて来たポルニカ小国が大王国に対して政治的独立を求め、独立国として必要となる体制作りを始めている。ジャルヴァラン人との間に発生したような理不尽な戦争は勃発しないとは思うが、ポルニカ小国による様々な政治的工作がマインの経済や統治機構に既に行われている形跡があることをユールリアムは掴んでいる。
彼にとって一番衝撃的だった報告は、彼の弟ティバリオ・ハビスラムドがポルニカ小国の内々の要請を受けて各地からマインへ入港する小麦を始めとする食料品及び、良質な武具の一部を不当な価格でポルニカ小国へ横流ししているというものだった。これはハビスラムド家に莫大な経済的利益をもたらしつつあるものの、非常に危うい賭けだった。当面は大王国の政治機構が混乱しているために、一時的に査察を免れているに過ぎず、何らかの形で大王国の秩序が回復した際には、大王国とポルニカ小国との軋轢如何にも依るが、どういう制裁を課されるか分からない。最悪の場合、ハビスラムド家は大王国の経済の舵取り役はおろか、マインの統治者としての地位も剥奪される可能性もある。
しかし、彼は弟に直接事実を確かめるのを躊躇っている。公式に事実を確認してしまえば弟を追放せざるを得ない。彼にはそれを断行する勇気が無かった。ユールリアムは幾人もの女を孕ませたが、一人たりとも我が子として認知しなかった。今でも自分の血を受け継ぐ子が何処でどのような暮らしをしているのか全く知らない。興味も無かった。どこか、彼には欠落している部分があるようだった。そうこうしている内に、彼を甘やかした父母も相次いで亡くなった。気が付けば、彼の肉親はこれまでその軽薄な傲慢さに手を焼かされ、内心軽蔑すらして来た弟しか残されていなかった。ユールリアムは恵まれた人生を己の精神の気高さに相応しい当然の祝福と信じて疑わなかったが、今になって己がどれだけ惨めな境遇にあるかを認めないわけにはいかない羽目に陥っている。しかし、誇り高き彼には、誰かにこの葛藤、己の弱みを打ち明けることなど到底出来ない相談だった。
そして、今日、彼は微かながら希望を持てる報告を執事より知らされた。彼が若い頃に王都シェルフルド学院に遊学していた頃の恩師オルファルリアが、この港湾都市マインへ向かっているというのだ。
知らせを受けた後、ユールリアムは王都の宮殿を模した住まい「ハビスラムド家の高塔」の最上階に設けられた、マインに夜明けを知らせる鐘が吊るされた「繁栄の鐘楼」に立ち、東の豊かな穀倉地帯を眺めつつ、心密かに彼の恩師が到着する時を待ち望むのだった。
2011年11月12日土曜日
呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解
第十九話