近藤裕希のページ
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気象観測者の合流
クリケは自分の使命を終えたと思っている。少なくとも、剣の使徒としての使命は終えた。後は自分の人生を自分のペースで歩めばよい、そんな風に気楽に考えていた。だから、もう何事にも逸らず、ゆっくりとローランチェリーの森へ向かい、クロノス大平原を横断していた。疾風騎士団と初めて遭遇した時とは違う経路を辿っている。あの頃は、地理がよく分からず、人に教えられて王都のすぐ近くまで街道を辿り、そこから南下したのだった。今は、オルファルリアもいれば、ツォルンもいる。二人によると、まっすぐ北上して王都を経由するよりも、西北西の進路を取り、リュネイル大王国で王都にも劣らぬ繁栄を誇っているという港湾都市マインを経由した方がローランチェリーの森に帰還するには近道になるという。それで、クリケ一行はしばらく大平原に敷かれた軍道を北上した後、進路を変え、分岐点で西方へ通ずる大商道「黄金きらめく道」を進む事になった。
二日程、この道を辿ると荒れたクロノス大平原の景色はやがて移ろい、今は道の名の由来ともなった大規模な小麦農場地帯に差し掛かり、黄金色に輝く小麦畑が彼らの目前、一面に広がっている。
「おう、こりゃあ今年もこの一帯は潤っていやがるなあ。」
ある晩秋の夕方、緩やかな丘陵地で一つの頂に登り、初めてオレンジ色の夕日に彩られ、黄金色に染まった広大な農作地の光景を目の当たりにした時、気怠げにロバに揺られていたツォルンが軽く口笛を吹いた。クリケもオルファルリアも馬に揺られながら自然に笑みがこぼれた。
「もうすぐ冬だと思っていたけれど、こうしてみるとまだまだ秋なんだね」
「なあに、小麦を収穫しちまえば、冬はすぐそこだろ」
ツォルンは何を思ったのかロバの鞍から下り、道ばたの石ころを一つ拾った。
「なあ、俺、嫌な予感がするぜ。ひょっとしてあの野郎がこの近くまで来てやがるんじゃないか。あの、お天気に煩い奴だ」
西の地平線を仔細に眺めていたオルファルリアがツォルンの言葉に意外そうに振り返った。
「ツォルン。あなた、本当、不思議な人ですね。シュプーン・スノーケンとも知り合いなんですか?あなた、どういう人生を送って来たのやら」
ツォルンはシュプーン・スノーケンという名前を聞いて「やっぱり、あいつか」とうめき、心底嫌そうな顔をした。
「誰?シュプーン・スノーケンって。ツォルンの知り合いなの?」
「二枚舌のお天気蛇野郎さ。ずいぶん昔にあいつの天候観測所の機械を設計したことがある。ぶるっ、おお。今、思い出しても怖気がすらぁ・・・」
ツォルンは拾ったばかりの石ころを側の小麦畑に向かって思いっきり投げつけた。
「いてっ!何しやがるんだ、このペテン師が。よりによって小指の先にぶつけやがって・・・。てめえ、分かっててやってるだろ」
「おや、シュプーンさん。そんな近いところにまでいらっしゃってたんですか」
なめし皮のような光沢のあるハゲ頭をした、確かにどことなく蛇を連想させる身の丈がツォルンとそう変わらない中年の男が、 左足の小指を左手で押さえ、右手でズボンを引っ張り上げようとしながら小麦の穂をかき分けて這いずり出て来た。
「やあ、魔法使いの先生。今、ちょっと用を足していて。それにしても久し振りだね、へへ。あんたの頼みをもう一度だけ引き受けてやるぜ。・・・おいっ、ペテン師。てめえの設計したシステム、あれだけ大金叩いたのに、たったの百年でぶっ壊れたぜ。金、返せや」
「馬鹿、直して欲しけりゃメンテナンス料払えよ。このオカマ野郎が」
「こいつ、なめた口ききやがって・・・。ん?ああ、君かい。クリケお坊ちゃんってえのは」
シュプーンは馬にまたがったまま、ぽかんと口を開けて二人のやり取りを見ていたクリケを見て軽快に挨拶すると二股に分かれた舌を突き出してピロピロと小刻みに上下にくねらせた。
「初めまして、シュプーンさん」
「君の噂はよおく聞いてるぜ。ってか、俺の分析では俺が後生大事にしていた天候観測機をものの見事にぶっ壊してくれたのは君って事になってる」
クリケはシュプーンの言葉が冗談で言っているのか本気なのか、どちらとして受け止めたら良いのかちょっと戸惑い、曖昧な気分のまま一笑した。
「ええと。そうなの?俺は特別手荒な事はした事がないんだけど、そうならお気の毒でした」
「おっ、若者君もちょっとだけ世渡りのコツを覚えたようだな。やっぱ、先生が良いと生徒の飲み込みも早い」
「こら、ツォルン。いい加減にして下さいよ」
いつもながらの軽口にさすがに飽き々々したらしく、オルファルリアがツォルンを窘めた。ツォルンは「おお、怖ええ」と肩を竦め、しばらくシュプーンを含めた四人は互いに話をどう進めるべきか迷い、ちょっとした沈黙が流れた。
「・・・でな。俺は魔法使いの先生のご依頼どおり、こうしてシュプーン様愛用の太鼓を持参したわけだが。どうすりゃいいんだ?ここで坊ちゃんに俺の生演奏を聴かせてやりゃあ、それでいいのか?」
オルファルリアは皆からの視線に気まずくなったようで、ツーっと視線をそらした。
「そういうわけじゃなかったんですけれどね。まあ、良いですよ。あなたに来てもらった本当の理由はそのうち話します。決して私の気まぐれではない、まあ太鼓は別ですけど。ええ、ええ。そうですとも、だってあなたって人は、太鼓って言わなきゃ外に出て来ないですからね」
世の中、何がどうなるか分かったものではない。この先、クリケの身に何が起こるのか分からないが、兎にも角にも彼にまた新しい仲間が出来たのは確かである。そうして、クリケ一行は太鼓の打音をポンポコ鳴り響かせながら港湾都市マインへの旅を再開したのであった。
2011年11月11日金曜日
呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解
第十八話