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苦痛

 ハルヴァーナ地方のローランチェリーの森は魔法の森である。旱魃にあえぐハルヴァーナのリュネイル大王国民は、そう痛感していた。草木、農作物がことごとく枯れ、地面がひび割れる中、ローランチェリーの森の木々だけがずっとその青々しさを保っている。背に腹は代えられぬ、という現実の切迫した状況のなか、リュネイル大王国の王律に定められた「ローランチェリーに入森する事への厳重なる禁止」に違反する者が軒並み増えている。ハルヴァーナの支配者であるアルゲイ卿も暗黙のうちにこの違反を認めていた。

 今、アルゲイ卿はリュネイル大王国に反旗を翻す覚悟を固めつつある。この地方の伝承にあるウルフェンクの人々の支援を乞う事も視野に入れている。それには永年に渡るリュネイルとウルフェンクの対立に終止符を打つには、間を受け持ってくれる人物が必要だった。この役目に適任である者として密かに期待している人物が既に彼の念頭にはある。オルファルリアだった。

 もう二度と栄光は取り戻せないかもしれない。しかし、たとえこれが己の滅びの道であろうとも、何事かが起き、状況が変遷しないとも限らない。少なくとも、今のアルゲイ卿には、その奇蹟を信じるしか生き残る道は残されていなかった。

 結局、正義とは何だったのか。自分で想像し得るあらゆる危機がその身に降り掛かり、政治生命、社会的生命はおろか、命そのものすら奪われるかもしれないこの逼迫した状況に、アルゲイ卿は寝室の窓から見える夜空を見つめながら、今、自問自答している。

 人間が世界の主であると信じて疑わなかった若き日々。輝光石を積み上げ、燦然と輝く王都ラァフこそ、その人間こそ自然を真に支配する者である、という考えを具現化した存在だった。リュネイル人の手により築かれた理想郷で成人したアルゲイ卿は、ハルヴァーナに赴任してからというもの、人間の本質、特に人としてあるべき姿に大きな影響を受け、自分が本当に成長したと自負していた。だが、こうして自然によりもたらされた危機に、自分がいかに矮小なる人間であるかを思い知らされている。もし、あるとするならば、アルゲイ卿の誤りはひとつところに安住してしまったことにあるのだろう。予定調和こそあるべき姿と諦観してしまったということだ。

 あの少年の瞳の奥に揺らいでいた不安や何かに対する恐れ。未踏の地を一歩ずつ進んでいく時に抱くあの気持ちを失ったこの地に暮すもの皆に、ハルヴァーナの民とアルゲイ卿との間に生まれつつあった馴れ合いというべき予定調和に溺れだしていたのだ。アルゼクスの明星が輝くことをやめた今でも、乾ききったこの地を覆う夜空には無数の星々が瞬いている。王都では見ることの叶わなかったこの夜空を初めて見た時の感動すら今では感じることが出来なくなった。

 自然は人間を見守ってくれはしないのだ。自然は自然の事情で移ろい行くだけだ。そこに人間が何かを託そうとしても、それは愚かしく空しい行為に過ぎない。リュネイル人が築き上げた理想の集大成である大王国という社会構造を根底から覆し、もう一度、人はどうあるべきかを考え直さねばならぬ時期に来ているのだとアルゲイ卿は心の内を震わせながら考えた。その為に必要とされる人物こそ、今、アルゲイ卿がハルヴァーナでこうして考えていることを同じように考え、その信念のもとに戦いを引き起こした故フォルク・レード公爵の血を受け継ぎしクリケ・レードなのである。

2011年10月27日木曜日

呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解

第三話

 
 
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