近藤裕希のページ

 
 
 
 
 

忘れな草

 何だか腰の辺りが心許ないなあ、クリケは馬に揺られながらそんな事を気にしていた。いつの間にかナクサズの剣を腰にぶら下げている感覚に慣れてしまっていたのだ。その剣は今は猪の面の騎士が管理している。その猪の面の騎士はと言えば、「来るべき時が来るまでに色々としておかねばならない事があるから」と言い、ラクスウェル市よりも更に南方へと単騎旅立って行った。ツォルンは、「これだからお子ちゃまはショウガねえなあ」などとぼやきながらクリケと共にローランチェリーの森への旅路に同行している。オルファルリアと言えば、ツォルンそっちのけでクリケと別れていた間の話を色々と話す事に夢中だった。

「でね、アルゲイ卿は酷く落ち込んでいたんですよ。自然の前には人間など全く無力だなんて言ってましてね。これが空元気な感じの大声でね、私、彼にちょっと同情しちゃって。聞くに耐えないと言いますか。貴方のお父さんの動乱により始まったこの波紋が何処でどのように解消されるのか予断は許されません。全くこんな時期にリスト三世が逝去するんですからね、何かこれは神の啓示じゃああるまいかと思わずにはいられませんよね。こうなったらもう、時代は群雄割拠ですよ、群雄割拠しかありません」

「ええと、困ったな。もう剣の使徒じゃない俺にそんな事、話しても何も解決しないよ」

「おっかねえなあ、魔法使いの先生?こりゃ、何処へ出掛けても戦争請負人だらけなのかね。アウォルフィドにはゴマンと兵隊さんがいらしったが」

「ねえ、ずっと思ってたんですが、貴方誰なんです?」

 オルファルリアは身体を捻ってクリケの後ろで騾馬に揺られているツォルンに怪訝そうに語りかけた。

「え?いや、なに。クロノスの大平原の地下社会に暮らす平々凡々なペテン師さ。名前はツォルン・ハルケって言ってね、その道じゃあ、ちっと名の知られた技術者。悲しみの象ボルンウァッドの親友でもある、てなところかな」

「ツォルンは凄いんだ。大抵の事は心得ているし、やる事なす事全くそつがないんだ。旅の途中、随分と助けになったんだよ」

「そうですか、ボルンウァッドのね。彼らしい配慮ですね」

「俺にしちゃいい迷惑なんだぜ?何たってお子ちゃまのお守役なんだからな」

 残暑が厳しい。クリケは馬上で汗を拭いながら、空を見上げた。入道雲が発達しながらどんどん北から南へ流れて行く。遠く南方からは時折底響きする雷鳴のとどろきが聞こえて来た。猪の面の騎士はどうしているのだろうか、初めて会った時と同じように嵐の中で単騎黒馬に拍車をかけているのだろうか。夏の入道雲はまるでナクサズの剣が呼び寄せているような気がする。そう、あの入道雲こそ風の国そのものなのだろう。そして、その国をクリケは去る。

 全ては終わったのだとクリケは思っていたが、現実に終焉などというものは無く、これまでの旅は全ての始まりであったという事にこの頃のクリケはまだ気付いていなかった。

2011年10月26日水曜日

呪いと奇蹟と祝福と 第二篇:大王国の瓦解

第二話

 
 
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