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    <title>徹のブログ</title>
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    <description>こんどこそ、コメント受け付けられています。&lt;br/&gt;このまま安定してほしいところ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;よろしくお願いいたします。&lt;br/&gt;</description>
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      <title>徹のブログ</title>
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      <title>続き</title>
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      <pubDate>Tue, 9 Feb 2010 20:56:58 +0900</pubDate>
      <description>&lt;a href=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/2010/2/9_%E7%B6%9A%E3%81%8D_files/0004_3.jpg&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/Media/object001_3.jpg&quot; style=&quot;float:left; padding-right:10px; padding-bottom:10px; width:158px; height:233px;&quot;/&gt;&lt;/a&gt;日本の（音楽）状況はかなり『遅れている』。師弟関係、音楽教育機関、楽器商・レコード会社・諸々音楽関係者の情報・勉強不足あるいは独占。結局は、お金にまつわる囲い込み、情報・仕事を有利にしてきた既得権保守などに起因しているところが多い。ムダなことだ。時間にとっても才能にとっても良いことはない。いや、そのために、心から楽しむ「歌」や「音楽」が生まれ出なかったりするのだったら、罪なことだ。理不尽な戦争状態の国、飢餓状態の人たち、楽器など手に入る可能性のない国だってたくさんある。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ジャズだのクラシックだの言っていること自体がムダ。即興だの作品だの言っていることも同様。分野を横断して活躍している人はたくさん出てきているし、そんなこと自慢にもならない。当たり前。ジャン・フランソワ・ジェニー・クラークがパリのコンセルバトワールで、フレッド・バン・ホフがアントワープの大学で、マーク・ドレッサーやフレッド・フリスがアメリカの大学（院）で教え、現在クラシックベースの代表エドガー・メイヤーはブルーグラスを嬉々として弾き、スウェーデンのベースの巨匠・作曲家のテッポ・アホはインプロに興じている。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;自戒と反省を込めて言おう。クラシックに、現代音楽に、ジャズに、即興に、興味があれば「やっちま」えば良い。誰も止めはしない。必要充分な情報はこの国では現在いくらでも手に入る。相手に対する敬意をしっかり持ち、何が知りたいかハッキリさせてから出かければいい。うまく言葉に出来なくても自分を担保にする覚悟があれば、通じるはずだ。いかにも、相手は手強い。手強くなくては張り合いがない。自分が感じるそれぞれのエッセンスをグイッと?もう。伝統から盗まないでどこから盗む？ピカソの豊かな人生と、新たなものにのみこだわったジャクソン・ポロックのアル中と短命。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ミッシェル・ドネダからメールあり。パリのポンピドゥーセンターIRCAM（ピエール・ブーレーズが作った組織）でのインプロヴィゼーションコンサートおよびシンポジウムに行っているとのこと。ベニアト・アチアリさん（フランスバスク地方の声）も来ているそうだ。バール・フィリップスさんはニューヨークから。ジョー・マネリさんの追悼イベントに来ているとのこと、ジョーさんは微分音程を使って即興をするスケールの大きな、そして愉快な古き良きアメリカ人だった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「西洋クラシック音楽」あるいは「西洋文明」に対するオルタナティブを世界中が求めている、いや、必要としている。サイードの言うオリエンタリズムや、怒濤の勢いのグローバリゼーションを乗り越える方法を探っているわけだ。流行や趣味ではなく、「必要」だ。とりあえず足元を見て、自分の身体に聴いて、今・ここ・自分にしかできない、しかも、役に立つ音楽を考えたい。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;日本もだんだん階級社会になりつつあり、職業の選択は限られ始めている。私のようなものが音楽に関われたのは、ただただ時代が良かったと言えそうだ。この例外からだからこそ見えるものだってあるだろう、という通行手形。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;このブログで署名運動を紹介したパリ近郊モントレイユのスペース「レザンスタン・シャビエ」は、規模を縮小して再開しているようです。5月にミッシェル・ドネダと久田舜一郎（小鼓）と私のトリオで出演が予定されています。よかった。モントレイユは生誕100年のジャンゴ・レナール（〈ラインハルト〉ってやっぱり違うよね。）の街。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;↑の写真は南谷洋策、川崎市岡本太郎美術館にて</description>
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      <title>クラシックコンプレックス</title>
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      <pubDate>Tue, 9 Feb 2010 01:24:45 +0900</pubDate>
      <description>&lt;a href=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/2010/2/9_%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9_files/photoIMG_0753.jpg&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/Media/object001_3.jpg&quot; style=&quot;float:left; padding-right:10px; padding-bottom:10px; width:205px; height:227px;&quot;/&gt;&lt;/a&gt;エアジンから3月22日の午後『バッハ』にちなんだライブをやらないかという依頼。生誕何周年とかだそうだ。私は音楽学校を出ていないので、（というか、その時期に音楽をやることさえ想像さえしていなかった）初めの頃はクラシックコンプレックスがあった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;もともとの興味もあり、しかもコントラバスという西洋楽器を選んでしまっているので、クラシックに対しては何らかの立場をハッキリしなければならないと思い続けていた。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;とりあえず、やっちまえばいい、と思って、クラシックの譜面を神戸楽譜・アカデミアミュージックなどで次々と手に入れ、自己流で弾きまくった。当時、ゲイリー・カー、ルートビッヒ・シュトライヒャーなどが次々に来日。ゲイリーの初来日の時などは一晩で日本のコントラバス界が激震を受けた感じだった。ジャズ界でもミロスラフ・ヴィトウスが来日し、弓弾きで信じられない演奏を繰り広げていた。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;あっという間に腱鞘炎になる。それから、自分でメソッドを作り、それに従って時を過ごした。一生懸命だった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;思い出話：&lt;br/&gt;中学の途中から高校の途中まで、親の事情で、広島県福山市に住んだ。広大附属高校に入ると今や福山市民会館館長になっている現代音楽コントラバスのエリート溝入敬三が同じクラスにおったんじゃ（ちょっと広島弁）。思えば、一年上の広大附属広島校には吉野弘志がいたはずだし、作曲家の細川俊夫もいたはず。そしてその福山校には、広大の水産学部が同じ敷地にあり、ちょっと前、坂田明が井上敬三に楽器を習っていた。もちろん当時は自分が音楽をやるなんて思っていない。溝入もバレーボールに熱中していたが、月一で東京にコントラバスを習いに行っていると聞いて、へえ?と思っただけだった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;高校1年ちょっとで東京に帰り、いろいろいろいろいろいろいろいろいろいろあって、大学も終わる頃、ベースでもやってみよう、となぜか思った。敬三さんは芸大を卒業、初リサイタルの準備に追われていた。たまたまお茶の水で出会う。「なつかしいね。ベースやってんだって。ちょっと教えてよ。」仙川のアパートへ何回か通った。そして敬三さんに井野さんを紹介してもらう。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;今思えば、自分の方法で自分の必要な技術を身につけていくというアンチ・アカデミズムだった。しかしまだ正統クラシックに対してはコンプレックスを持ち続ける。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;家の近所に『騒』（がや）という画廊・ライブハウスがあり、そこをリハーサルに使ったりしているうちに人前でも演奏するようになる。チャールズ・ミンガス、オーネット・コールマンが輝いて見えていた。『騒』の名物だった阿部薫さんが亡くなった月にプロデビューした。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;そんな頃、エアジンの梅本さんがケルンから帰ってきて、亡くなったお兄さんのやっていたエアジンを引き継ぐという。その準備期間に、クラシックしか知らなかった梅本さんが首都圏のジャズを見聞して歩いていた。『騒』にも調査に来た。そんな成り行きで知り合った。結婚式の時は梅本さんがウエディングマーチを高らかに吹いてくれたのだ。大成瓢吉さんの絵が金屏風の代わりだった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;その梅本さんから、『兵士の物語』をやるから、ベースやってよ、と突然の依頼。焦る。ストラビンスキーの変拍子満載の名作。指揮者を見てないと分からなくなる。ベースも結構ややこしい。必死にやった。ほとんど覚えてしまった。アンサンブルや話の筋を楽しむ余裕はなかった。ともかく1つクリアーした、という感じをよく覚えている。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;コンプレックスがある限り、クラシックの練習は欠かさなかった。時々クラシックの仕事も回ってくる。華やかだったのは黒沼ユリ子さんのアンサンブルで2年、シューベルト『鱒』を中心にクロード・ボーリングの組曲などをやった。この時は多少余裕もあり、ユリ子さんの巨匠的な音やミュージシャン同士の駆け引きなどを堪能することも出来た。アラスカの現代音楽祭では私が特集され、韓国とドイツから私のための曲が作曲された。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;そんなこんなの時代を経て、いつの間にかクラシックコンプレックスは無くなっていた。もちろん今でもクラシックは上手に弾けない。しかし、考え方、方法、目指しているものが自分なりに分かってきたしｍ、また、私自身が音楽に、そしてコントラバスに何を求めているのかが明確になりつつあることもあって、視界は明るい。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;では、3月のバッハは何しよう？&lt;br/&gt;もちろんコントラバスの曲は無いし、ソロになりそうだし。結局チェロ組曲をその「舞踊性」を強調して弾くしかないだろうと、思っているところ。また、ブラジルのショーロ、ピアソラの幾つかの曲などは、私にとってバッハと同じだ。そういう対照もやってみたいし、『貧しい音』の完全即興もそこに置いたらどうなるか､個人的に興味津々だ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;冷やかしにおいでくださいませ。午後3：30より。馬車道エアジン。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description>
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      <title>虚階（こかい）覚え書き</title>
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      <pubDate>Sat, 6 Feb 2010 13:20:09 +0900</pubDate>
      <description>&lt;a href=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/2010/2/6_%E8%99%9A%E9%9A%8E%EF%BC%88%E3%81%93%E3%81%8B%E3%81%84%EF%BC%89%E8%A6%9A%E3%81%88%E6%9B%B8%E3%81%8D_files/416927YFSDL._SL500_AA240_.jpg&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/Media/object002_2.jpg&quot; style=&quot;float:left; padding-right:10px; padding-bottom:10px; width:144px; height:202px;&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;3つ前のエントリー「無言唄」の話の続き。&lt;br/&gt;「若き古代」日本文化再発見試論　木戸敏郎　春秋社&lt;br/&gt;より抜き書きします。大事なことが書いてあります。こういう伝統を持っていることには背筋がピンとなります。木戸さんは、国立劇場で復元楽器などの刺激的なコンサートをプロデュースしていた方です。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「日本の伝統音楽の演奏において、『虚階』という特殊な演出がある。演奏家と聴衆との間にあるコンセンサスが出来ているとき、例えば同じリズムパターンを反復しているとき、その一部分を、音を出さず沈黙の状態にすることを『虚階』という。聴衆は音がないフレーズを、自分の想像力で補って次のフレーズに繋げる。」&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「ただ一方的に聴かせるだけでは聴く方もただ受容するだけになる。眠くもなろう。虚階は聴くものの意識を活性化するための仕掛けである。物理的には聞こえない音を聴く、禅宗では鳴かぬ鳥の声に譬えられる観念的な演奏である。」&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「雅楽における有名な例が『残楽』（のこりがく）である。同じ曲を3回繰り返す。一回目と二回目は前学期がまともに合奏する。ここで聴衆は充分曲の様相を頭に入れておく。三回目は旋律楽器が徐々に脱落して拍子だけが残る。聴衆が拍子を聴きながら、自分で記憶している旋律を頭の中で拍子に合わせて演奏を楽しむ。」&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「御神楽の笛と篳篥（ひちりき）の『縒合』（よりあい）も特別な場合は虚階で演奏される。笛と篳篥のデュオである。最初は二人共まともに演奏をしている。頃合いを見計らって、どちらから仕掛けてもいいが、徐々に音を小さくして、やがて音のない虚階に持ってゆく。仕掛けられた方もそれをうけて虚階で対応する。音は出していなくても曲の通りに指は動かしているし、管の中に息を通している。やがて、どちらかが通常の演奏に戻すと、もう一人の方も通常の演奏に戻す。そのとき二人の演奏がぴったりと合っていなければならない、という。」&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「聲明の唄（ばい）の演奏に声を出さない『無言唄』がある。唄師は正座から唄を歌う姿勢（安座）に移り、手文を開いていかにも唄をうたいだしそうな様子をして、実際には声を出さないで心の中で観念的に演奏する。演奏の進行に合わせて手文の頁をめくる動作もする。うたい終われば手文を閉じ、正座に戻って終了。ジョン・ケージの『四分三十三秒』のようだ。聴衆を挑発すること最たるものである。」&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「一部分が欠落することによって存在が増すためにはカノンが位相を獲得していることが必要である。スリリングな演出だ。」&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;積ん読（つんどく）していたこの本を開くきっかけをMHさんが作ってくれました。オブリガード。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description>
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      <title>3つの弦楽器と３人</title>
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      <pubDate>Fri, 5 Feb 2010 00:43:04 +0900</pubDate>
      <description>&lt;a href=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/2010/2/5_3%E3%81%A4%E3%81%AE%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%99%A8%E3%81%A8%EF%BC%93%E4%BA%BA_files/image_2.jpg&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/Media/object001_2.jpg&quot; style=&quot;float:left; padding-right:10px; padding-bottom:10px; width:207px; height:110px;&quot;/&gt;&lt;/a&gt;風是だといってライブを休むわけには行きません。動ける限り行きます。「演奏して治す」ということを念じつつ久しぶりのアケタの店へ。サムルノリの李光寿さんとソウルでレコーディングしたとき､こう言われました。「身体がドンドンよくなってくるような演奏でなければダメです。雪が山の上から転がってだんだん大きくなるようにグルーブが大きくなってそれに任せて行くのです。すると自然に身体は治っていきます。」クラシックやジャズの演奏家たちが、無理な演奏や稽古、ストレスで身体をダメにしていく傾向と真逆ですな。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;もう30年近くアケタにはお世話になっています。家族もここが大好きで全員参加。なにしろマイキーはお腹の中に居るときから来ています。赤ん坊の時も毎回来て、聴衆ゼロでもたじろがず、驚かない強い精神の子供になりました。えっ､何？「きたない」なんて口が裂けても言えません。そこも良いのです。その頃、島田さんの撮ってくれたアケタでの写真です。このパン屋のパンが好きでしたね。それに釣られて来ていたという話もあります・・・・&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;初めて演奏したのは何の時だったかもはや定かではありませんが、高柳昌行さんと毎週土曜の午後ブッキングしていたこともあるし、初めてピアソラをやったのも、箏を何台も持ち込んだのも、大成さんの映像でやったことも、そうそう最初の録音「TOKIO TANGO」のお披露目も、2枚目「Coloring Heaven」のお披露目も（この時はバール・フィリップスさんも演奏）ここでした。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;今回は、若い世代の喜多直毅さんが､私と、さらに年長の翠川敬基さんを呼んでのセッション。時代は変わっていきます。私が翠川さんと演奏するのも会うのもおそらく20年ぶり。かつて低二弦（ていじげん）というデュオをやったり、一緒にブエノス・アイレスに行ったりしていました。170センチを越えるマイキーに会って驚いたのなんのって。いやいや、それ以前は、憧れのスターでした。最初にご尊顔を拝したのは、今はドンキホーテのあるあたりの渋谷プルチネルラというスペースで、あろうことか楽器を置いて縄跳びをしていました。ホント。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;やはり憧れだった富樫雅彦さんとの演奏も何回か観に行きました。その後、私自身が富樫さん、高柳さんのグループで演奏するようになるとは、いやプロの演奏家になることさえ、まさか思っても居ませんでしたね。そんな意味もあって、この日は、若い喜多直毅さんが二人を呼んでの演奏ということで頭の中で、時代・世代の意識が行ったり来たりです。この最高に扱いにくい、うるさ型のおじさん二人を呼ぶことができる人はなかなかいませんぜ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;即興に対する意識の違いは、事前から予想できていたので、私はそこを確認しながら演奏は進めました。改めて自分の位置を確認できたという感じです。即興というトピックが世代を超えて考えられ続け、試行錯誤され続けているのは、即興の重要さを演奏者も聴衆もどこかで感じているからでしょう。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description>
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      <title>アジアの虎から</title>
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      <pubDate>Wed, 3 Feb 2010 23:15:06 +0900</pubDate>
      <description>&lt;a href=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/2010/2/3_%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%81%AE%E8%99%8E%E3%81%8B%E3%82%89_files/DSCF0076.jpg&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/Media/object001_1.jpg&quot; style=&quot;float:left; padding-right:10px; padding-bottom:10px; width:207px; height:110px;&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;正月のライブパフォーマンス「虎」からあらぬ方向に進んでいます。ちょうど風是（風邪ではない、という乾千恵さんの教え）でだるさを充分エンジョイしていますので、寝ていて右・左・上・横あらゆる手の届くところに何冊か本を置いてとっかえひっかえ読んでいます。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;マレーの虎・ハリマオからは「マレー蘭印紀行」の金子光晴さんへ移動、ちょっと長居しそうです。案内人はキワーオこと野村喜和夫さんの「金子光晴を読もう」（未来社）でした。紀行ものではニコラ・ブーヴェイの本が面白い。私の生まれた頃の日本・東京・北海道など、独特の視点から見ている。日本史の捉え方も教わることが多い。そのころから録音機も持ち歩き音を録っていたそうで、CDもフランスではでているようだ。そのサウンド・スケープを聴いてみたいものだ。荒木町に住んでいた頃、このスイス人旅行者はお金に困って写真を撮って売ることを始めたという。アジアの放浪者・金子光晴も猥画を描いて売って移動していたのとちょっと重なったり。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;そうそう、5月に来日するマレーの友人ザイ・クーニンと、母方にマレーの血をもつ南アフリカ人ダンサー、ジャッキー・ジョブと私のセッションがありそうです。決まり次第お伝えします。時間的・空間的に長くて重たい橋渡しになりそうです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;視点のありかた、日本への興味の持ち方、写真、録音などがジャン・サスポータスさんに似ている気がして、すぐさまメールでお知らせ。そうそう、ジャンさん3月末に来日です。東工大の授業のためです。空いた日にライブを少しばかり企画始めました。決まり次第お伝えします。お楽しみに。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;韓国の虎からはキム・イルこと大木金太郎の自伝を手に入れる。訳者の名前がちょっと気になって調べたら、あの「太刀川・早川事件」の太刀川さんでした。金大中大統領に最後のインタビューをしたことも判明。民青学連事件といって、詩人・金芝河さんら1000人以上を、パクチョンヒ政権が連行、8名死刑。その中にこの二人の日本人が入っていて、懲役20年の判決を受ける。その後、300日拘留され釈放・帰国。その時期に私は韓国語を習っていたので、よく覚えている。（まだ夜間外出禁止令のそのころ2回韓国に行っているので、ピリピリした空気をよく覚えている。）&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;その事件の裁判の結審がこの1月27日ソウルであり、この事件はでっち上げによるもので完全無罪が宣告された。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;アジアの事件・歴史・戦争はほんの薄皮1枚で隠されているだけで、いつでも、どこでも私たちの身の回りにあるのだ、という実感。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;早川さんはどうしているのか、と思ったら、NHKのテレビ韓国語講座でかつて講師をしていた白髪の長髪の人なつっこいあのおじさんだった！これにもびっくり。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;（写真は、東南アジアのドンドン島での夜明け、中央左のタオルケットのところで寝たのでした。）</description>
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      <title>音のない音楽</title>
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      <pubDate>Mon, 1 Feb 2010 19:17:22 +0900</pubDate>
      <description>&lt;a href=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/2010/2/1_%E9%9F%B3%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%84%E9%9F%B3%E6%A5%BD_files/liveatdacapo.jpg&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/Media/object011_1.jpg&quot; style=&quot;float:left; padding-right:10px; padding-bottom:10px; width:202px; height:181px;&quot;/&gt;&lt;/a&gt;朋さんから無言唄の話を聞いた。声明の秘儀扱いのもの、昨年横濱で立ち会ったそうだ。なんと音を発しない声明だという。ケージの「4分33秒」の何百年も前にこういうものがあった。奥深いものだ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;沢井一恵さんは色紙にサインを頼まれると「無絃琴」と書く。（内田百閒の小説とは関係ない）海童道さんは、風の音になれば良いという考え、ちょっと違うかもしれないが志ん生師匠は高座で寝てしまったのを客は「寝かしておけ」と楽しんだという。そういえば、海童道さんも舞台でわざと寝たふりをしたそうだ。あまりに他の演奏家（演奏家という言葉さえ認めていなかった）が楽屋でリハーサルばかりするのに腹を立ててとのこと。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;一恵さんは「4分33秒」を録音している。↑&lt;br/&gt;この時は、箏アンサンブルと一緒で、みんなで箏を前にじっと沈黙して時の過ぎるのを待ったという。この曲の演奏例として、ピアノの前に座り、蓋を閉じて時を計る人、鍵盤の上で指を動かす人などあるそうだ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;一方、エヴリン・グレーニーさんのような聾唖の音楽家、ユジャン・バフチャルさんのような盲目の写真家&lt;a href=&quot;http://www.zonezero.com/exposiciones/fotografos/bavcar/index.html&quot;&gt;http://www.zonezero.com/exposiciones/fotografos/bavcar/index.html&lt;/a&gt;もいる。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;音を出すのは、演奏が終わった後の沈黙の深さのためと感じるときがある。特にノイジーな音に終始したときとか、カオティックになるときとか。それに関して、ヨーロッパの即興演奏者と違いを感じることがある。日本人の即興演奏家とは、バシッと「決まって」終わることが出来たときに、何とも言えない満足感を共有する。その満足感に満ちた無音の状態の中で、あろうことか、ヨーロッパのミュージシャンが音を出し演奏を続けようとすることが何回かあった。この違いは何だろうと思ったものだ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;音楽を味わうとは、その時出ている音を聴いているだけではない。荘子の音楽観を思い出す。天籟・地籟・人籟と分けて、出てきている音ではなく、音を出させるその根本を問うている。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;何はさておき、音を出すことに必要不可欠なのは、音のないことと対峙できるかとの問いだろう。それは身体がそこにない（空気を追い出していない）こととダンサーが対峙できるかの問いと同じく。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description>
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      <title>若い！</title>
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      <pubDate>Sun, 31 Jan 2010 17:52:55 +0900</pubDate>
      <description>&lt;a href=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/2010/1/31_%E8%8B%A5%E3%81%84%EF%BC%81_files/008.jpg&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/Media/object002_1.jpg&quot; style=&quot;float:left; padding-right:10px; padding-bottom:10px; width:214px; height:144px;&quot;/&gt;&lt;/a&gt;風邪でちょっと身体と気持ちがローなので思い出話でも。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;高場さんとの昔の写真がでてきました。&lt;br/&gt;なぜかよく覚えています。『ユーラシアン弦打エコーズ』というコンサートシリーズの打ち上げ。たしか三軒茶屋。ピアソラやユパンキの亡くなった年でした。顔半分の栗林さん、メガネの長橋さん、小樽に引っ越してママになった羽生さん、音響の小岩さん、みんな若い！私は、髪が真っ黒だし顎の線がシャープですね。そして親孝行に肩をもんでくれているマイキーです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;冗談でよく、この時は何か不思議なものに後押しをされていたようだ、というのですが、確かにもの凄い勢いでした。招聘した韓国のミュージシャン、ヘーグムのカン・ウニルさん、コムンゴ・アジェンのホ・ユンジュンさん、ピリのウォン・イルさんは、韓国伝統音楽界で指導者として、映画音楽家として確固たる地位を築いているようです。キム・チョングさんはどうしているのかな？彼は金石出一族のシャーマンでした。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;さて、打ち上げの現場、乾杯をする前から四人が歌うは、踊るはでした。『サイトさん、サイトさん、ちゅぎはサイトさんのうたで?す」と言われても歌う歌が無かった。その窮状を栗林さんが救ってくれました。確か、長野の民謡を歌ってくれました。邦楽の強さ、そして故郷があることを羨ましく思いました。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;そうそう、この前日の神田パンセホールでは、金石出さん・キム・ジョンヒさん、キム・ヨンタクさんもゲストで出てくれて大騒ぎでした。そういえば、この企画を大手の巨大広告代理店が興味を持って演奏後に、話しに来た！のを思い出しました。あまりの低予算で行われていることに彼らは仰天していました。時はバブル。その後、アジアや韓国とのコラボレーションで大きな企画が次々と実現しているのを見て、このことだったのかと思います。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;自分が今・ここで何をやっているのか、考える時間も余裕もなく、ともかく突き進んでいた感じです。雅楽・邦楽・ジャズ・韓国伝統がほとんどリハーサルも無く、一同に3日間演奏したのですから・・・・今はそんな勇気はございません。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;お支払いとか、ちゃんとやっていたのかな~。不安がよぎります。ちょっと大きめな自主公演はこのあと昨年のオンバク・ヒタム公演までなかったわけです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;大きな仕事を毎日のようにしている人たちには分からないでしょう。たまにやるからありがたさが増して増して増してハレの場になる、毎日だったら仕事・日常、なんて負け惜しみか？&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;こういう会にも中南米音楽編集長・高場さんが来ていてくれているのは今更ながらに感謝です。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description>
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      <title>コピーって・・・</title>
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      <pubDate>Sat, 30 Jan 2010 01:49:07 +0900</pubDate>
      <description>&lt;a href=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/2010/1/30_%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB_files/IMG_0230.jpg&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/Media/object031_1.jpg&quot; style=&quot;float:left; padding-right:10px; padding-bottom:10px; width:207px; height:110px;&quot;/&gt;&lt;/a&gt;コピーはコピーにあらず、だからコピーはコピーなり。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;なんて、分かったようなことを言うようですが、この１週間、この問題で多くの時間を費やしてしまった・・・・。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;このブログを含むホームページ制作ソフトが不調になり、ずっとアップできなかった。自分の力ではどうにもならないことがだんだん分かってきて、昨日は渋谷mac shopのgenius bar（天才のバー、すごいネーミング。）を予約し、相談しに行った。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;居並ぶ天才が１時間以上、いろいろな可能性をさぐり、私の知らないいろいろなことをやってくれた（本来は20分間のはず）が、結局ダメ。見ていた私もだんだんイヤになった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;帰りの電車でちょっと閃いた。タイムカプセルという方法で1月の初旬に1回バックアップを取っていたはずだ・・・。時間を遡ってその痕跡をたどり、ブログを作ったページに行き着いた。このころは正常だった、という唯一のよりどころ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;不具合が起こった時からだいぶ遡らねばならなかったが、原稿も残っていたので、記憶を頼りに、その時点から今までをすべてやり直した。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;そうしたら問題無くアップできるではないか。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;結論：ホームページの情報をすべて留めているドメインサイトというものをコピーして移動した時に、そのコピーに何らかの不具合があった。コピーは同じだと信じ切っていたニンゲンの敗北。天才達も例外でなかった。そもそもコンピューターはコピーマシンなことは事実、そこに落とし穴があった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;コピーが全く同じもので無かったのだ。それはコピーとは言わない、いや、だからコピーなのかもしれない。クローンも同じではないのかもしれない。トランジスターだって元々は自然界の石だし、集積回路に微生物を使うなんていうのもあるそうだ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;日本のポピュラー音楽界では、長い間、耳コピーというのが大変大切な作業だった。ジャズもシャンソンもタンゴも、今のように交通が進んでなく、日本自体が経済的に弱かったし､インターネットもない時代には、高い貴重なレコードから憧れの音楽を『耳コピー』して譜面化したりなぞったりして勉強してきたのだ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;高柳昌行さんのコピー術は徹底していてオープンリールテープをゆっくり再生して、完璧にコピーを取っていた。たとえコピー元が間違って演奏していてもそのままコピーした。&lt;br/&gt;そのくらいのコピーが本来必要なのだ。音程と長さをオタマジャクシに移すだけでは不十分。音質やミスの領域まで深く入り込むことが必要だという教え。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;小松亮太さんのピアソラコピーも堂に入っていた。特殊能力に近いできばえの分厚いノートを見たことがある。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;それに引き替え私はコピーが苦手だ。そういう風に身体が行かない。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;クローンやミラーニューロン、などの文脈の中でコピーも考え直して見る必要があるようだ。つらい教えに満ちた1週間だった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description>
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      <title>即興の対義語は</title>
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      <pubDate>Thu, 28 Jan 2010 17:57:48 +0900</pubDate>
      <description>&lt;a href=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/2010/1/28_%E5%8D%B3%E8%88%88%E3%81%AE%E5%AF%BE%E7%BE%A9%E8%AA%9E%E3%81%AF_files/IMG_0160.jpg&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/Media/object023_1.jpg&quot; style=&quot;float:left; padding-right:10px; padding-bottom:10px; width:207px; height:110px;&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;即興の対義語は何？&lt;br/&gt;音楽で言えば作曲。書かれていないものが即興で、書いてあるものが作曲。&lt;br/&gt;そこに考えが留まっているから頭が先に進めない。&lt;br/&gt;即興を何か不思議な現象にまつりあげているだけ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;即興がなしうるものは「意味」からの離脱。&lt;br/&gt;「当たり前のもの」を相対化させる力。シンプルに言えば、即興は『発見』。世の中を成り立たせているものに対する新たな視点。世の中をとらえるオルタナティブな方法。&lt;br/&gt;技を際立たせ、自分の名前を貼り付けるやり方に対して、匿名に行く方向。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;だから、即興の対義語は『意味』でありえるし『グローバリゼーション』でありえるし『常識』でもあり得る。作曲や作品でも、即興に含まれるものもあるし、含まれないものもある。「即興」っぽい道具や雰囲気、方法、無方法、やけくそ、ひまつぶしは全く関係ない。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;誰にでも出来る。技術をたくさん持っている人の方が迷いやすい。そういう人達は「即興」を「演奏」するとき、身体の限界を超える方向を目指すことがある。そして身体と心を壊してしまう。その「ギリギリ」は共感を呼ぶけれど。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;野村喜和夫さんの「現代詩作マニュアル　詩の森に踏み込むために」（詩の森文庫・思潮社）に何回も強調されて書かれているのは「詩を読む。詩を書く。それは言葉によってわれわれのこの生を確認し、捉え直し、あるいはさらに更新し、生き直していくことにほかなりません。」&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;同じだ。あらゆるジャンルで同じはずさ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description>
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      <title>うた　歌　唄</title>
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      <pubDate>Mon, 25 Jan 2010 17:56:07 +0900</pubDate>
      <description>&lt;a href=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/2010/1/25_%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC_1_files/IMG_0363.jpg&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://web.me.com/travessia115/tetsu/tetsus_Blog/Media/object022_1.jpg&quot; style=&quot;float:left; padding-right:10px; padding-bottom:10px; width:207px; height:110px;&quot;/&gt;&lt;/a&gt;Oleで終演後、聴きに来てくださった小林裕児夫妻・高場さん・峰さんたちと気軽な会話。こういう話の中にいろいろな「きっかけ」が隠れているのでなるべく思い出すようにしている。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;トニー・ガトリフ監督の｢ベンゴ」の中でフラメンコ歌手が「ラブユー東京」を歌うシーンがあって・・・うんぬんの話からは、メキシコの大衆歌謡をやったり、80年前のブラジルの曲をやったりしているのに、なんで日本の大衆歌謡・演歌などはどう捉えるの？というキツイ視点。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;これから日本で良い歌が生まれる可能性を高場さんはある程度もう諦めている。これだけ世界中の良い音楽を身体に入れてきた人の発言は重い。アルゼンチンにタンゴやミロンガなどのリズムがあり、ブラジルにはサンバがしっかりとそしてあたたかくある。その上に安心して言葉を載せ、メロディを、ハーモニーを乗せて行けばいい。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;サンバもタンゴもアフリカからのリズムが下支えしている。ブラジルには表現の世界に「食人」というコンセプトがあって、何でも食べちゃって自分のものにするということを考えているというが、サンバという食卓があってこそなのだろう。異端と言われてきたピアソラも実は本流ど真ん中の食卓に収まっている。そもそも異端という発想自体が、本流があっての話。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;日本にリズムがあるのか？大ヒットしている演歌には三連音符で言葉をたたみ掛けたり、民謡の強いリズムがある。それに乗った日本語が演歌には生きている。ずっと演歌嫌いだった小泉文夫さんが、ある時から見直して「骨の髄からググッと来る」という表現を使ったのも理解できる。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;そこから発展するはずの歌が、敗戦後のアメリカ一辺倒と資本の論理で、アメリカンポップス、ロックが怒濤のように入ってきたために生まれ出ることがなかった、のか。音楽の底力は、やはり、社会の底辺から来ているはずだ。もつ鍋やフライドチキンが被差別の食べ物だったと言う。それを今やオシャレなOLが競って食べている。（「差別の食卓」新潮新書）それと似た構造のように思う。「おいしい」ことを、意識でなく「身体」（記憶）が知っているのだ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;最近観たカエターノ・ヴェローゾの映像｢コラソン・バガブンド」は、「foreign sound」のツアーを扱ったドキュメント。大阪ツアーが大きく取り上げられていて面白い。実は、私はこのCDが好きでない。アメリカのスタンダード曲を取り上げて、英語で歌っている。あんなに知能犯で確信犯のカエターノがなぜ・いま・ここでこの録音をだすのかが大きな疑問だった。特にオークランド・バークレー（アメリカで最も革新的な街）の｢進歩的｣な映画評論をしている人の家に滞在していたときに購入し、聴いたものだからなおさら。通して聴けなかった。時は9・11事件の直後、アメリカがドンドン醜い戦争を仕掛けていた頃。（バークレー選出の民主党議員が『ブッシュ大統領に9/11報復攻撃の全権をゆだねる』法律案にただ一人反対した。）&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;さらに言えば、私の世代はアメリカ文化憧れのまっただ中で育ち、（日本はアメリカの51番目の州だ、などというキャッチコピーが好意的に受け入れられていた！）ジャズに憧れレコードを聴きまくった。アメリカンスタンダードは謂わば、一般常識だった。しかし一方では、そんなもの軟弱だという意識もあった。そんな中でジャズ界がフリージャズになる方向と同時にロックやポップスにすり寄っていくのを、何が起こっているのか訳がわからず観ていた。日本のジャズ界はもっとわかりにくかった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;憧れというものは徐々に薄れていくものだ。フリージャズの動きが、各国の民族性・民族音楽に注目するようになっていく。その影響もあって、前々から興味のあった伝統音楽、民族音楽を聴き、その流れで自然にラテン音楽を聴くようになった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;個人的な事情から言えば、アメリカンスタンダードは、越えるべきものという暗黙の了解があったのだ。そのためにカエターノのこの録音がなおさら受け入れがたかったわけだ。もちろんカエターノに対する期待が並外れて高かったということもある。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;この映像で、なぜいまアメリカンスタンダードを歌うのかをいろいろと説明している。曰く『粋な男』でラテンアメリカ音楽の古典や未来に繋がるスペイン語の歌を取り上げて、それがいろいろな効果をもたらした。アルモドバルの『トーク・トゥ・ハー』で取り上げられた『ククルククパロマ』など思わぬ展開をした。（私自身大いに啓蒙された。）こういう効果を昔から馴染んでいた豊かな英語の歌にも期待した、と言うこと。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;なるほどね、と思うと同時に、それは成功したのだろうかと思わざるを得ない。サンパウロでのライブのMCで「こうやって英語の歌、他人の作品を歌い続けていると、どうしても自分の新しい歌を歌いたくなるよ」と言って1曲歌いきった直後、感極まったように「イエイ・・・・・イエイ・・・・イエーーーイ！！！」とビックリするような雄叫びを発している。このシーンはとりわけ印象的だった。何のイエイだったのだろう？&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description>
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