旧SoNAISH blog
旧SoNAISH blog
SoNAISHのブログのうち私の書いたものをここに載せます。
2006.02.22 Wednesday
齋藤徹/Tetsu Saitoh 井野信義/Nobuyoshi Ino による bass duo CD 「SONAISH」の発売に合わせ、ブログを立ち上げました!!
2006.02.24 Friday
SoNAISHについて
SoNAISHは、齋藤/井野のBASS DUOの名前かつ、CDのタイトルです。sonaishは二人のレーベルの名前です。このCDはsonaish-001となります。SoNAISHの由来は井野さんに書いていただきましょう。
CD盤はもうできあがっています。ジャケットは今日印刷所に入りました。一週間で刷り上がり、コーティングに一週間ということなので、三月の上旬にはできあがる予定です。
2006.02.25 Saturday
曲目解説 1、ストーンアウトより序章~トンビ

実はCDにライナーノートはありません。ご興味をもたれた方にはこういうかたちでお知らせしようと思います。文章が多いと印刷代がかさむことも理由です。
まずは曲目解説
トラック1 「ストーンアウトより序章~トンビ」 KOTO VORTEXによる委嘱。韓国東海岸のシャーマンの首領・金石出(キム・ソクチュル)さんに捧げた45分かかる長い作品の冒頭部分です。(題名はダジャレです。おわかりですよね)箏合奏からフルオーケストラまでいろいろなかたちで演奏してきました。韓国伝統音楽のリズムパターン(長短)を使い、カヤグムの音をまねた奏法も工夫しました。このCDのマスタリングの5日前、金石出さんが亡くなったことをカン・テーファンさんから聞きました。韓国のジャーナリズムもほとんど取り上げなかったそうです。カンさんも安淑善(アンスクソン)さんに聞いたそうです。とても寂しく哀しいです。
私の韓国音楽体験は音楽人生の中で最大の契機と言えるかも知れません。音楽は素材を組み合わせたものではない、全てのリズムには意味がある、場をつくることが演奏で満足するより大事、音の効果をねらうことのむなしさ、Jazzアドリブにみられる自己表現の限界と自分勝手さ、健やかで自然と調和する音楽、身体や心を治していく音楽、シャーマンの生活、植民地時代の実態、などなどなどなど多くのことを学びました。そのお礼の意味で作った曲でした。存在してくれているだけで刺激になる「巨匠」がどんどんいなくなる時代ですね。合掌。
2006.02.25 Saturday
SoNAISHジャケット
こんなジャケットです。絵は収録トラックで井野さんに朗読してもらった大成節子さんの書画の一部です。本物は青系の色ですが、ジャケットでは白黒。
このほかに北海道網走の上美幌小学校講堂での写真、楽器の写真、など使った結構豪華な仕様になっております。私と井野さんが「ああだこうだ」と言うのを辛抱強く聞いてくれたデザイナーK・Iさんが苦労して作ってくれました。
2006.02.26 Sunday
ガットに惹かれて


初めてガット弦を弾いたのが15年くらい前のこと。今でもその時の感動を覚えています。「求めていた音はこれ!」それは後に、初めてフレンチ弓(コントラバスには、ジャーマン弓とフレンチ弓があり、戦後日本ではジャーマン弓が支配的です。)にふれた時と同じでした。幸か不幸か、強い師弟関係とは無縁だったので何事も自由に選べたのですが、多くの人の使っている弓(ジャーマン)・松脂(カールソンやペッツ)・弦(スチール弦)を疑問もなく使っていました。
自分の嗜好・指向に気がついてからは、本当に数多くの試行錯誤を経てようやく今の調整になりました。鶴屋弓弦堂の鶴田敬之氏に出会うことによってこの傾向が急加速。弦はミネソタのGAMUT社のTETSUバージョンなる特注極太ガット弦。弓は現在の使用楽器と同じGAND & BERNARDELのバロックタイプ(オーケストラピット用なのか短めです)。松脂はアルミ缶入りGUSTAVE BERNARDEL(製造中止のもので、あと一年くらいで使い切ってしまいます。どなたか譲っていただけませんか?どんな情報でもお待ちしています!)。
ごく最近イタリアのアクイラ社(ガット弦メーカー)が昔のレシピで松脂を作りました。これも愛用する予感。 テールピースはBogaro & Clemente社の158グラムという軽いフェルナンブーコ素材。テールガットはvelvet社のガット。新しい傾向が切り捨てていった昔の仕様にどんどんとなってきています。
近年のコントラバス界(特にクラシック系ソロ)の指向は、ハッキリクッキリとした大きな音を高音域を駆使して広い会場全体に響かせることを目指しているようです。(大型のチェロを目指しているような気がします)。そのためには倍音の少ない細い金属の弦をピーンと張って、キッチリと弓でとらえ輪郭をハッキリ出すことが必要になります。より細い「ソロ弦」というものさえあります。私の指向はその正反対だったことに気づいたのです。倍音や雑音が多く入った豊かな太った音。暖かく周囲の音とスーッと馴染む。少々不器用だけれど周りの音を包み込むようにブンブンと鳴り、時に自分の声で自在に歌を歌う。そんな指向だったのです。
リッチモンドでのISB(国際コントラバス協会)のコンベンションに参加した時、1000人近い参加者の中でガット弦はおそらく私だけ。「ガットを使っています」というとフィンランドの有名なソリストに「おまえは熱でもあるのか?」とおでこを触られましたし、お借りした現代の名楽器製作者ジョン・オーレさんの楽器(バール・フィリップスさん所有)の糸巻きにはガット弦は太すぎて入らなかったのです。なにしろ2~4倍も高価・太く弾きにくい・音程を取りにくい(下手に聞こえる!)・音が小さいという四重苦を背負っていますが、遠い記憶にふれるような音質や指に対する優しい感触には代え難い魅力があります。
バロックヴィオラの人と演奏したとき、普通の音程のほとんど半音低く調弦する方法を教えていただきました。その時の音も忘れられないものです。急に違う人の声が聴こえた気がしました。こういう環境で育ってきた楽器なのだということを実感しました。コントラバス界で最近ガットを見直す動きがあるようですがCDでじっくり味わって聴けるものは実に少ない。このCDの大きな目標は良いガットの音を録音することでした。熱く熱く共鳴してくださった先輩・井野信義さんのおかげでガット弦のコントラバスデュオという世にも貴重な録音が実現したのです。
ジャズでいえばチャールズ・ミンガス、ジョン・ラム、タンゴでのキチョ・ディアス、チェロではアネル・ビルスマ、ニコラウス・アーノンクール、パブロ・カザルスなどなどのガット弦の音に強く惹かれてきました。偉大な先達の後ろ姿を仰ぎ見ながら、ガット弦のすばらしさをお伝えすることが出来ればとても幸せです。
2006.02.27 Monday
SoNAISHの略歴?


BASS DUO SoNAISH
私と井野さんの出会い等については、バール・フィリップスさんとのCD「OCTOBER BASS TRILOGUE」の解説に書いたのでここではその後のことを書きたいと思います。(それもいつかここに貼付したいと思います。) 都内のライブハウスで若いベーシストを集めてのライブを隔月で一年間行いました。ある会は私の作品集、ある会はミッシェル・ドネダを交えての即興演奏、ある会はジョビン、ピシンギーニャ、カエターノなどのブラジル特集など。時期尚早だったのでしょうか、期待しすぎたのか、東京の負の空気に負けたのか、尻つぼみに終わってしまいました。
交響楽団の首席に就職した山崎実さんが希望の一つとして残りました。またデュオに戻って方向を模索。井野さんの大きな歌心、ポジティブな明るさ、絶妙なバランス感覚を活かすには完全即興よりもイメージが拡がる楽曲を演奏する方が良い、ということになり私の作品をデュオ用に編曲することにしました。私は自分自身のやり方でずっとやってきているので、私自分はごく自然なことでも、他の人がやるのは相当の苦労が必要だったようです。井野さん、どうもご苦労様でした、そしてありがとうございました。
マレー人アーティスト/ザイ・クーニンの招きでのシンガポールツアーでは、お借りした楽器にほとほと苦労しましたが、オフで出かけたインドネシアの地図にない島、海賊の島(ホントです)などでは少年達の夏休みの冒険さながらの忘れられない想い出を持つことができました。 国内では、中部・関西のツアーをしました。2カ所のお寺、大正時代の長屋、京都の歴史的家屋、大阪枚方市民ギャラリーではポーランドの彫刻家アバカノヴィッチの作品と一緒に、名古屋・松本のライブハウス、瑞浪の民家での演奏等。予想を超えて喜んでいただけた初ツアーでした。大阪平野の全興寺では、ライブ後に住職の考えに基づいて録音をしました。
音楽というよりは音そのものという感じのCDは内外の音響派ファンに大好評。何かくすぐったい感じです。次の契機は北海道ツアーでした。札幌ではその後大いに盛り上がることになる瀬尾高志さん達のBASSアンサンブル「漢達の低弦」と出会い。それは東京での哀しい想い出を払拭してくれました。小樽ではかつての仲間、飯田雅春さんとの再会、旭川のモケラモケラ、北見や網走では小学校、養護学校、青少年更正施設なども訪ね演奏をしました。10年以上何に対してもいささかの反応を示さなかった網走養護学校の女の子が我々の音に反応したり、全校生徒10人ほどの小学校では校長先生共々サンバで踊ったりの想い出多い旅でした。
北海道から沖縄へ直接移動して那覇のカトリック教会でも演奏しました。そう言う活動をしていると、このデュオは社会的な広がりも充分視野に入れることが出来る事に気づきました。ただ音楽を演奏しながら各地を回っていくというのではない可能性があると思ったのです。いろいろなジャンルの表現者、普通にちゃんと生きている人々と音楽を通して出会うことによって社会との繋がりが自然に拡がっていくのです。一方、筋金入りのジャズ信奉者達にも受け入れられたことは、すこし意外でもありましたが、とても嬉しいことでもありました。今までの私と井野さんの生き方が良いように作用しているのだなと思います。
このCDが出来る2006年3月には釧路で第三回目の「漢達の低弦」とのセッション(8台のBASSアンサンブル)があります。その三日後にはマウイ島での演奏です。第三回ハワイコントラバスfestivalへ参加します。世界の若い世代のベーシストとのワークショップ、コンサート、などが予定されています。
普通のジャズに飽き足らないジャズベーシストに新たな世界を提供し、ジャズのような自由が欲しいけれど、何となくジャズの敷居が高いと感じているクラシック奏者にとって役に立つ素材を提供することも我々の目的です。ホームページができあがったら楽譜も公開するつもりです。
BASSという楽器は言うまでもなく低音楽器です。多くのスター達の後ろ姿を見てきました。この楽器を弾いていくことで、自然に視点が下がり、決して浮つかず、しっかりと世の中を見ていけるようなりたいと願っています。若きベーシスト達よ、便利な伴奏者として雇ってもらうことから一歩も二歩も三歩も四歩も進み、この楽器を弾いていることに大いなる誇りを持ち、音楽シーンの中心で世の中に貢献できる活躍をしましょう。
2006.02.28 Tuesday
曲目解説その2



トラック2:月の壺
私の曲の中では最初期の作品。多くのダンサーに好まれた曲です。この素敵な題名は鎌倉の美術館長さんがつけてくれました。二本のベースが低い二本の開放弦を存分に鳴らしながら会話を重ねるような構成をしてみました。この曲は12拍子です。「12とは一年の月数、一日の半分の時間数であり、永遠に回り続けるのです」と韓国の伝統音楽家に聞いたのはずいぶん後になります。この曲を韓国で、アメリカで、ポーランドで演奏したこともありました。17絃箏やBASSなど中低音の弦楽器がとても合うと感じています。
トラック3: 街
岸田理生さんの最後から2番目の演劇「空・ハヌル・ランギット」のテーマとして作曲。本番では連日ソロで演奏しました。母国語と土地を奪われた人々が故郷を懐かしむ時の音楽。サウダージ感(郷愁)を出したくて、全体的にはブラジルのショーロを、イントロではサンバ打楽器隊をイメージしました。写真の洗濯ばさみは太鼓の音を出すための工夫です。アドリブのラテン乗りは後から付けたもの。
普段私はブラジル音楽ばかり聴いています。1940~50年代のニューヨークで優れたジャズがうまれたように、今はブラジルに音楽の神様はいるのではないかと思います。その基本になるのは音楽や人生やコトバを信じている、あるいは強く信じたいということかと想像します。現代日本に欠けていることでしょう。彼の地では今、ジルベルト・ジルが文化大臣になっています。かたや日本には文化省自体がありませんね。
岸田理生さんも亡くなってしまいました。6/28、今年の命日には渡辺えり子さんと朗読会をすることになっています。
ところで、エンディングの超低音はどの位、聴こえました?一番低い弦をドンドンゆるめているのです。井野さん宅のタンノイスピーカーは容積がBASSと同じくらいあるので、かなりの低音まで再生できました。身体が溶けて地面にのめり込む様な低音。あるいは吐きそうな低音!
2006.03.01 Wednesday
曲目解説 その3



コントラバヘアンド
アストル・ピアソラとアニバル・トロイロの合作。タンゴ史上最高のコントラバホ奏者、キチョ・ディアスの為の曲。ベース2台のかけあい、オスワルド・プグリエーセのリズム(ジュンバ)を強調した編曲・構成です。
私の考案したコントラバスのジュンバ奏法はブエノスアイレスでもビックリされ、大変好評でした。思えばもう20年前になるんですね。打楽器のいない編成で誇り高きコントラバホ奏者が全てのリズムを担うタンゴ、好きでした。特にピアソラが本当にかけがえのないものだった時期がありました。若気の至りといいましょうか、キンテートに入ろう!と思い、高場将美さんに頼んだこともありました。1枚目の「Tetsu plays Piazzolla」はピアソラに聴いてもらうために作った意味合いがありました。そんな風に私とタンゴのことを書くとなると本一冊かかりそうです。
ちょうど5日前、岩波書店から「乾千恵の画文集 七つのピアソラ」という本が出版されました。ピアソラの次に私の名前が登場し、バール・フィリップスとの「二頭のライオン物語」ライブのこともでてくるという!?ピアソラ本です。是非お読みください。
オンバクヒタム琉球弧編
インドネシアから琉球弧を通り九州の西側を経て韓半島に着きその後、ヤマトの日本海(東海)側に辿り着くもう一つの黒潮(マレー語でオンバクヒタム)とその文化の伝播がこれからますます重要になってくると直感して、ライフワークだと思っています。最終的には総合的な演劇にでもしたいと願っています。
ここでは、その中の琉球弧編の2曲連続して演奏しました。石垣島の「とぅばらま」のフレーズを2小節借用しています。
曲前後の波音の出し方はコントラバス奏者・山崎実さんのアイデアです。竹と金属の風鈴を糸巻きに垂らして演奏します。指笛はベークライト板をE弦の巻き線に擦りつけてマネをします。デュオを始めた6年前、「こういう風にやってください」と井野さんに言ったとき、通常のBASS演奏とのあまりのギャップに本当に困惑されていました。楽しい想い出です。
2006.03.02 Thursday
曲目解説 その4




トラック6:シクロ
鈴木絢二さん率いる劇団TAOのギリシャ悲劇「ダナイード」の中の一曲。大勢の妊婦が輪舞するという不思議なシーン用に作曲しました。フランスのミュゼットやアルゼンチンフォルクローレのイメージの曲です。公演の時は小鼓に久田舜一郎さん、ピアノに黒田京子さんが参加してくれました。久田さんの声がもの凄く、役者が吹っ飛んでしまったことを思い出します。
トラック7:オンバクヒタム糸編3
京都造形芸術大学での高田和子三味線コンサートシリーズ最終回「帰ってきた糸」公演の委嘱でグループ「糸」の為に作曲した組曲の中の一つです。気がつくと大成節子さん(湯河原在住の画家)のある書画作品(写真↑)とイメージが重なったために節子さんの詩を声がよく響く井野さんに朗読してもらいました。また、このトラックのみ多重録音しています。この詩の他のバージョンでは、「ウッドベースを弾いているような原初の音が響いてくる、低く、ときに激しく」という詩句さえあります。
冒頭の鯨の鳴き声のような音は、テールピース(緒止め)を直接弓弾きした音です。「箏の一番いい音は?」という質問に沢井一恵さんは「立てかけた箏に風が通り抜けたときの音」と答えました。それに相当するコントラバスの音を工夫したら「鯨」になってしまったという次第です。最近「らくだの涙」という映画を観ました。場所はモンゴル。難産だったためか子供のめんどうを拒否してしまったらくだに馬頭琴と歌を聴かせる儀式を行います。親は涙を流し、親子の情愛がもどるという話です。私が注目したのは馬頭琴を弾く前に、楽器をらくだのこぶに引っかけるシーンです。そうすると風が通り抜け馬頭琴がかすかに鳴っていました。その音でらくだの身体のチューニングをしているように見えました。そうすると演奏や歌を充分に受け入れられるという感じでした。作為のない音ということでしょうか。箏は竜になぞらえます。竜、鯨、らくだ、馬、みんな動物ですね。
2006.03.03 Friday
曲目解説 その5 最終回


トラック8:黒石
作曲家・マルチリード奏者アンソニー・ブラックストンさんの一連の作品のイメージで作曲。ダジャレ的命名です、すいません。二年前ブラックストンさんが教えていたオークランドのミルズカレッジで二日間だけ演奏と講義をしました。そこは広大なキャンパスで、大学院に即興のクラスがあり、優秀な若者が多数いました。こういうところでのびのびと音楽のこと、即興のことを考えられる環境はとても羨ましいですね。日本では何年たったらそういう状況になるでしょう?夢のまた夢でしょうか。現在はフレッド・フリスさんが教授、ジョエル・レアンドルさんも時々教えに行っていますし、かつてはポーリン・オリベロス、スティーブ・ライヒもいたそうです。(そして、わたしからすると信じられないような月給で!)
イントロ部分ではプリペアードベースとでも言う処置をしてアフリカの打楽器効果をねらっています。コントラバスは工夫次第でいろいろな音が出ます。弦の間に紙を挟んでスネア太鼓の音をまねよ、という指示の楽譜がバッハ以前にあったそうですし、叩き専用のコントラバスで演奏していたジプシー楽団をフランスで見たことがあります。思わず「お父さ~ん」と叫びそうになりました。弦に木製の大きなビス状の物を挟む奏法は、私の最初期からおなじみの奏法です。実は、箏の柱(じ)から発想したものです。コントラバスはいわば「鯨」ですね。全ての部分を使うことが出来ます。
トラック9:王女メディアのテーマ
フラメンコダンサー野村眞里子主宰「スタジオ・エル・スール」による委嘱。フラメンコ劇「王女メディア」のテーマとして作曲。特殊なチューニング(E♭-G-E♭-G)をして、倍音の響を強調しました。このチューニングはソロで地方を回ったときに、なんとかして1人でできないかと思ってひらめいたものです。変な話ですが、ひらめいた瞬間のことを今でも覚えています。奈良県大宇陀郡での雨の日、演奏直前でした。
生と死の題材を扱うために長調でも短調でもない「リディア旋法」を使っています。(私はなぜかこの旋法に強く惹かれています。)トルコ軍楽隊のマーチ的なフレーズを経て、やはりリディア旋法の作品「Invitation」のテーマが現れ、終わります。「Invitation」は井野さんのお父上の葬儀の際、イグナチオ教会で演奏しました。それ以来SoNAISHの重要なレパートリーになりました。
3/26天王洲で故川崎克己さんを偲ぶ会が催されます。私の処女作「TOKIO TANGO」と二枚目「COLORING HEAVEN」を録音してくれた人です。私はハワイでのワークショップ発表会の日で残念ながら参加することは出来ません。その代わりに、このトラックを使って、野村喜和男さんが詩の朗読をすることになっています。私は遠い空で世界の若者と一緒に追悼曲を演奏するつもりです。思えば「王女メディア」の舞台P.A.も彼でした。彼のP.A.はミュージシャンの音を把握すると、まずミュージシャン好みの音を作ります。さらにこいつは行けそうだと思うと、ミュージシャンに対して挑発的・挑戦的な音を作ります。
それを「よ~し!」と受けて立つと信じられないような音響空間を創り出す人でした。P.A.の必要な舞台では、ミュージシャンを活かすも殺すもP.A.エンジニア次第であって「協同表現者」とでも言える存在なのです。ちなみに彼はP.A.(public address)という単語でなくS.R.(sound reinforcement)という単語を好んで使っていました。「王女メディア」は今年10月には再演が予定され、公演自体が彼に捧げられます。そこでもしっかり追悼したいと思います。
以上で曲目解説はおわりです。
2006.03.05 Sunday
CD 完成!


ジャケットが届きCD完成しました。紙のコーティングがうまくいって大変きれいに見えます。
一つのものを手作りで完成させるのはとても充実感があります。
一回マスタリングまで行ったのに、悔いを残すのは止めようと言うことで、再度録音し、二回目の録音ものもだけを使うことになりました。エンジニアの手配、録音場所の予約、録音、マスタリング、盤面デザイン、ジャケットデザイン、印刷校正全てに係わりました。
いろいろな人の手に渡り、大事にしていただけるよう願います。
ご注文くださる場合は、sonaish55@yahoo.co.jp までメールをくださいませ。私も井野さんもチェックできます。一番簡単なのは、ご住所とお名前、枚数をいただければ、CDをお送りします。一週間以内に指定郵便振替口座にご入金ください。
天気も良いし、嬉しい気分です。
2006.03.06 Monday
CD値段など


CD値段など書き忘れました。
定価2500円です。(ライブ時は値引きするつもりです。)
送料はこちらで負担します。
よろしくお願いします。
2006.03.11 Saturday
ストーンアウト(徹)
80年代に韓国・アルゼンチンを訪ね、その音楽に触れもっとも感じたことの一つに一拍目の取り方がありました。私が小・中学校の音楽の時間に習ったのは「三拍子は強・弱・弱、四拍子は強・弱・中強・弱」ということでした。そう答えないとダメでした。しかし世界中の生きた音楽でそういう拍の取り方は無かった。(例外は軍隊の行進でしょうか?)一拍目はその前から溜めたエネルギーを接点で解放(開放)させるもの。踊りが大事にされている音楽ほどその傾向が強いと感じました。
フラメンコ、ウインナワルツしかり。韓国伝統音楽・タンゴもまったくそうでした。後日体験したフラメンコはもっと具体的で、12拍あると、12―1-2-3ー4―と数えていました。日本の音楽教育の元になっているはずの「西洋クラシック音楽」の現場でもそうでした。若かりし頃、エアジンの梅本さんに薦められ、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」を演奏する機会がありました。毎小節ごとに拍子が変わるような譜面に面食らい、しかも指揮者を見ながら演奏することも全く馴れていませんでした。何とか耳で音楽を覚えてリハーサルに行くと、指揮棒の運びに全く合いません。私だけ指揮者の打ち下ろす前拍を一拍目と勘違いして演奏を始めていたのでした。回りのミュージシャンにはお恥ずかしい限りでした。
ストーンアウトでも一拍目を強調しています。身体でビートを感じるためには呼吸法が大事になります。長く長く息を吐き、一気に吸う。吐くことができれば、吸うことは意識しなくても大丈夫。それはちょうど水泳の息継ぎと同じです。息が無くなることを怖れて、少し空気を残しておくと、息継ぎがうまく行かず悪循環におちいって水泳どころではなくなる。怖れずに空気を全部出し切ると自然に空気が入ってきてリズムに乗って泳ぐことが出来る。その感じです。身を投げ出してこそ、救われる?ということでしょうか。一拍目をうまく出し、大きなリズムに入り、12拍の大きな輪が回り出す。そこに井野さんの言う「5・9」拍目にくさびを打ち込むわけです。くさびが打ち込まれるために12の円はより活気づく。
ストーンアウトを委嘱・初演してくれた「KOTO VORTEX」も、そこが一番の難関でした。邦楽では息を詰めることが基本になっていて、息を吐きながら演奏することは無いとのこと。まして身体を揺らしながら演奏することなどは品格が疑われる。しかし敢えてそうしてもらいました。CD「STONE OUT」の冒頭には無音の部分が入っています。そこで身体を揺らしながら自分の身体と場とのチューニングをしているわけです。音量を大きくして聴くと奏者の呼吸と身体を揺らす音が聞こえます。
韓国には恨(ハン)という概念があります。私の理解は決して充分ではありません。とても重要な哲学的なトピックです。私なりに理解している部分は、次のような感じです。僻み、妬み、嫉み(ひがみ・ねたみ・そねみ)などに自分が囚われてしまう。それをある意味楽しみながら嘆く。永遠に回っている12拍子に乗り、一拍目の接点でハンを飛ばしていく。その踊りがサルプリ
2006.03.12 Sunday
ベーシストの仕事とは

ベーシストの仕事とは
ベーシストの仕事の30%は運搬!と言われます。この大きな楽器を無事に運び終えると仕事の三割が終わった!?ことになります。特に大変なのは海外へ持って行くこと。それも年々というか9・11以降、きびしくなってきたように感じます。アメリカ国内は32キロ以上の私物は飛行機に乗せない、とか、世界中50キロ以上の私物はダメとかいろいろな説が飛び交っています。超過重量のお金を払ってもダメというのです。非道い、酷い。ひどい!ルノー・ガルシア・フォンさんは5弦BASSなので一般的なスティーブンソンなどのハードケースに入れると50キロオーバー。パリの空港で拒否された。という話が仲間からメールでドンドン入ってきました。超過重量のお金も各航空会社によってバラバラ。さらには空港カウンターで担当になったスタッフによってバラバラ。外国から招待が来ても腰が重くなってしまいます。
そうです。来週のハワイコントラバスfestivalに行くのにBASS運搬問題で主催者とのメールやりとりは何十回と行いました。一応旅行会社の尽力で保証は取ってあるのですが、現場で何が起こるかワカラナイのが現状。さらには入国審査の問題。こんな楽器をハードケースに入れて「観光です。斉藤寝具店です。(sight seeing ten days)」なんて今や通じません。しかるべき招待状、しかも非営利であることなどを証明しないといけません。入管では最近コンピューターの検索を使って個人のスケジュールをチェックするそうです。
何を隠そう、今これを書いている段階で、ハワイからの証明書を待っているわけです。何かの手違いで手に入らないと、、、、、、、、、、、、、、。
もうこうなったら借りるしかないのか?
それはそれで大変です。同業者の親しい友人がいれば話は別ですが、普通「良い楽器を借りられた」という話は聞いたことがありません。
カナダのヴィクトリアヴィルのフェスティバルで楽器を借りました。演奏直前に届いた楽器はベニアの学生モデル。フェスティバルで二回演奏しましたが、二回ともCDになってしまいました。嬉しいんだか、何だかな~。しかも一つはBASSカルテット。バール・フィリップス、ジョエル・レアンドル、ウイリアム・パーカーと私。三人はちゃんと自分の楽器を持参。明らかに鳴りがちがいます。しかしこれでやるしかない。それはそれで悲喜こもごもの経験でした。前回のハワイで借りたのは、なんとストラディバリウスと書いてあるベニアのBASS。笑いました。
2006.03.13 Monday
漢達の低弦


漢達の低弦(おとこたちのていげん)
漢を「おとこ」と読むのは漫画の影響ということ。(おとこと言っても今は小股の切れ上がった美女が1人います。)北大(現役・卒業)を中心にしたBASSのensembleです。こういうグループが存在することは本当に嬉しいことです。BASSを弾いているというと、日本では今でも「Jazzですか、classicですか?」という単純な二分法が通用しています。バカげています。もうそんな時代ではないはず。SoNAISHはそういう境界を無くしたいと思っています。Classic奏者がもっと自由な演奏をしたくても、Jazzというと、モダンジャズの複雑なコード進行が大きなネックになっていて敷居が高くなっているようです。一方ジャズ奏者は弓がうまく使えないとか、音程がうまく取れないとかでclassicに要らぬ劣等感を持ち、遠ざかってしまう。なんてもったいない。低弦は「そんなところからは自由になりたいぜ」という欲求をもっているように見えました。
彼等から一緒に何かやりましょうというオファーをもらった時は、東京での一年間のワークショップが不調に終わってしまった時だったので、どうしたものかと思ってしまいました。なににせよ直球勝負しかないと思い、私の曲を大量に送りました。演奏方法が独特なものは井野さんと一緒に教則ビデオもどきを作りそれも送りました。彼等はそれをまっすぐ受け取って必死に練習をしてリハーサルに現れました。とても嬉しかった。若いってスバラシイ!なんて久しぶりに素直に思いました。
また彼等のすばらしい点は札幌で演奏を続けたい、と言っていることです。うまくなると東京に出てプロになる、という図式には囚われていない。ますます応援したくなります。インターネットの普及で情報の差はなくなります。唯一の弱点は楽器の調整。それも楽器屋さん有志が年間何回か札幌に出張してくれることになりました。
日本中で低弦のような動きが続々と起こればなあ~と本当に思います。
3/16に釧路で低弦とのコンサートがあります。小松亮太のバンドネオンと私のBASSをソロにしたコンチェルト「タンゴ・エクリプス」(2000年、神奈川フィルで初演)をアレンジした全三楽章もキッチリやる予定。SoNAISHのレパートリーにも、特殊チューニングにも挑戦します。楽しみです。羽田―釧路便にはBASSが一台しか乗らないことが発覚。一台ずつ行けば良いんです。彼等も車で粛々と大騒ぎをしながら移動してくるでしょう。ベーシストはたいがいのことではくじけません。ハイ。
2006.03.30 Thursday
釧路からハワイイ




斎藤・井野および二台の楽器、無事に帰国しました。フーッ。
楽器二台での移動はなかなかのものがありました。釧路の写真が届きましたのでそれもアップします。思えば釧路の翌々日にはマウイ島でコンサートをしたわけで、二人合わせて100歳・200キロを超えるものにとってキツイのは当たり前。よくやったと自ら褒める。
3/18 超過重量の負担を減らすため、手荷物を預けないよう機内持ち込みのみの軽装。家の扉をずっとふさいでいたハードケースを出して楽器を積む。10年ほどホンダのステップワゴンを運転しているが、これは正にベーシストのための車。ソフトケースだと三台・三人乗る。(バール・フィリップスさんとのオクトーバーBASSトライローグツアーで九州まで行ったことがある。)今回はスティーブンスンのハードケースを二台積んで二人乗ることが出来る!時間の余裕も充分に取って早々に到着。空港ターミナル受け渡しの駐車場を利用。ここまでスムーズ。
いよいよチェックイン。やっぱり問題発生。超過重量・超過サイズは1ユニット16400円で計算されることは事前の調査で分かっていた。しかも航空会社によってユニットの数え方が違う。予約した段階では2ユニットで確約が取れていたのに、現場でなんと4ユニット!を請求された。3ヶ月かけて問題の無いようにしたのに、結局これだ!ここからが勝負。なんとかねばって3ユニットで合意したときにはすでにうっすら疲労感が漂う。第1ラウンドクリアの祝杯をあげても、ケンカした後や交通事故にあった後のような興奮状態が抜けない。
航空チケットはハイシーズンや人気路線では値段が上がる。航空商売は、「需要が増えると価格が安くなる」という資本主義を完全否定している水商売なのだ。まともに対応しても仕方がないわけだ。実際、帰路は二台で504ドル。ほとんど半額だぜ。まいっちまう。
ラッキーなことに非常口シートが取れて、足を伸ばせる。これは二人のような体型の者にとってはとてもうれしいこと。時差の関係で18日の夜に出発し、18日の朝にホノルルに着く。迎えのクルト(スイス人、舞踏をテーマに博士論文を書いている。日本でも会ったことがある。)とフミ子(このフェスティバルのボス。母親が日本人、父親がネイティブ。ヴァイオリン奏者。)に無事会う。半年かかったやりとりにフミ子とのハグは一分以上続いた。お互い文化の違い、コトバの違いを乗り越えてともかくこの地を踏んでいる、との事実に感動したわけです。そう言えば、二年前は午前と午後の勘違いで迎えが来なかったな~。
今回もカイルアにあるキモさんのビーチハウスに宿泊。カイルアはワイキキの反対側にある。そのためこの10日間で日本人観光客にはほとんど会わない。池澤夏樹さんの本にあるようなハワイイを体験するわけだ。二年前もここでバール・フィリップス親子、グレン・ムーア、マーク・ドイッチェらとBASS色の濃い宿泊をした。↑の写真はキモさんの庭に横たわる二台のベース。
夜、フランソワ・ラバト、ジョン・クレイトン、ポール・エリスン、パリ・ニューヨークの楽器屋などゲストのほとんどがこのビーチハウスに来て、食事会。ベーシストが集まると、まず話題は超過重量。「どうだった?」「おれは、二時間ねばって半額にしたぜ」「80ドルで済んだ」など真剣に話し合う。ベーシスト同士、なにか微笑ましい。
ヒステリックになるアメリカ入国イミグレーション問題にも話は及ぶ。私の経験だと、一昨年ビザのある人限定だった指の指紋、目の写真が昨年から一般客に強制、今年はさらに進んで宿泊先をコンピューターに入れねばならないこと、そして飛行機の中では立ち上がって集まってはイケナイだとさ。「申し訳ない」とアメリカ人ベーシストが謝ったり、と思うとすぐに話は変わって弓の持ち方や弓製作者についてもりあがったり。出国後はじめてリラックスできた気がする。
「指紋問題」でこぼれ話があります。昨年、沢井一恵さんとニューヨークに行ったとき、一恵さんが入国審査からなかなか出てこない。長年の箏演奏で指の指紋が消えてしまっていた!
2006.03.18 Saturday
釧路ライブ報告
釧路 漢達の低弦 報告
古いデジカメから写真が消えてしまいアップできないのが残念です。5台のBASSが2階、3台が1階に配し一斉にテールピースを弾いたときは音も見た目も「何が起こっているんだ?しかし何かが起こっている」という感じで本当に異様でした。(しかも2階には風水をモチーフにした巨大な絵画が三面あります。)
多くの人達に支えられた(主催者から「無謀」というコトバも聞かれました)ライブが無事に終わりました。係わった老若男女・聴衆ともかく熱いヤツらです。この親しみを込めた「ヤツら」というのが「漢」だそうです。井野さん曰く「2~30年前は日本中あちこちにがこういうところがあったよな~」ということです。羨ましいな~。
音楽の前には「プロもアマも」「練習も本番も」「ソロも伴奏も」「東京も釧路もハワイも」何にもない。というのが一番の感想でした。クラシック現役の腕っこきの奏者がヒーコラ言ってつかえてばかりいた「タンゴエクリプス」も初めのリハーサルから1回もつかえずに通りました。これには驚いた!しかし打ち上げで聞くとメンバー同士がかなり気まずくなる壮絶ともいえる練習があったそうで、申し訳ないやら、嬉しいやらです。井野さんが「そんなに練習したら、本番でアイディアもなくなっちゃうよ。」と心配するくらい現場にはいってからも弾き続けます。ソロもはしょったりしません。私の役割は膨大な情報を整理するだけでした。
顔を合わせればすぐ音楽の話。東京メガロポリスではミュージシャンが集まると身体の不調自慢?仲間のうわさ話ばかりで音楽の話を避けたがっているような状況とは正反対でした。
思い出したのはフランスのトゥールーズやリヨンでの即興演奏者達とのセッションです。彼等も音楽の話をよくして、朝からセッションです。聴衆がいてもいなくても全く気にしません。
そういうところに音楽のご褒美がくるのでしょうか。
とてもすがすがしい気持ちと、やはりあった楽器移動のトラブルでのブルーな気持ちをもって今からハワイに行ってきます。ベーシストブルース oh yeah.
追伸:ハワイの新聞でこんなの↓があります。無事に帰ってきたいものです。
http://starbulletin.com/2006/03/13/features/story01.html
2006.03.31 Friday
マウイ島コンサート 1

↑ビーチハウスから10秒でプライベートビーチ
昨日の書き忘れから。
David・Gageのコントラバス用フライトトランクを持っているかたに情報があります。アメリカ合州国の空港内では、基準に合わない(何が基準なんだ?!)鍵がかかっていたら壊して開けても構わない、ということになっているようです。ゲージケースは特殊なレンチで開ける鍵がついているらしく、フランソワ・ラバトさんのトランクは見事に壊され開けられていたそうです。楽器は壊されていなかったそうですが、ちょっとした加減で楽器も危ないわけです!!スティーブンスンのトランクは強力なゴムひもで止められているので問題はなかったものの、井野さんのケースは明らかに開けられ、予備の弦が調査されていたということ。なんともはや。アメリカはどこまで行くつもりなのか。


3/19
早朝豪雨の中、空港へ向かう。今日はマウイ島へ30分のフライト。我々二人きりで、しかもEチケットなのでcheck-inには不安がつきまとう。案の定、超過重量の情報はないとのこと。ここで焦ってはいけない。フミ子の携帯番号を示し、ここに電話してくれ、話は付いているはずだ。と突っぱねる。数分後、向こうはどこからか情報を見つけたのだが、自らの非を認めずにボーディングパスをくれる。ここで怒ってはいけない。笑顔笑顔。続いて楽器のチェック。これは直径15センチくらいの白い紙を楽器・ケースのあちこちに触れて、(あたかも指紋採取のよう)それでおしまい。これって何をしているのか全く不明。こんな小さな飛行機でも二台のフライトケースが乗る。↑(三日前の羽田―釧路便はこれよりよほど大きいのになぜ一台ずつしか乗せないのだろう?)

マウイ島でハワイコントラバスfestivalの一環で一つコンサートがあり、私たちがそれを担当する。↑チラシ。
2006.03.31 Friday
マウイ島コンサート2

Ebb and Flow Artsという団体が主催。ハワイイの現代音楽を牽引しているロバート・ポロックさん↑が中心。二年前の私のソロ演奏を気に入ってくれ今回に繋がった。ロバートさんはニューヨークでバリバリの現代音楽作曲家・ピアニストだったが7年前にマウイに移住。都会がイヤになったの?と聞くと、イヤイヤ、寒いのがつらかった、と。ハンガリー出身の両親がホロコーストを経験しているそうだ。通訳を手伝ってくれた「たかこ」さんも、オランダ出身のロバートの奥さんも、大喜びしてくれたヴォランティアでネイティブアートを教えているという人も、ここマウイ島でいろいろな人生が交差している。
会場は日本でいう生涯学習センターのようなところ。となりの部屋ではタンゴダンスをやっていたり、ヨガをやっていたり。デュオの演奏終了の時にとなりからプグリエーセのタンゴが聞こえてきた。実にオルタナティブな瞬間だった。会場がもの凄い湿気のため、巨大な扇風機を楽器にむける。↓

今日の演奏は二部構成。全体のテーマが「THE EYES HEAR,THE EARS SEE」というもの。私は「リア王」の台詞を思い出した。第一部で地元ジャズグループ+我々+四人のライブペインティング。作曲・構成は75歳のビブラフォン奏者。ここで驚いたことに途中でミュージシャンが絵を描き、絵描きが演奏するという場面があった。こういうことはもともと嫌いでないので私も井野さんも絵を描きに行った。その後も私は楽器を持って移動して絵と交わった。
できあがった四枚の絵をバックに第二部BASSデュオ。リラックスしながらも、もの凄く集中している聴衆に直球で勝負。スタンディング・オベーションで評価してくれた。幸先の良い演奏だった。
娘さんの嫁ぎ先からトラックを出してもらい、その上にビニールシートを架けて宿舎へ移動↓。降るような満天の星、これでは星座もわからないよ~。


2006.04.03 Monday
カメハメハスクール
元気だと思っていても、歳にはかないませぬのか。風邪をひいてしまい丸2日以上寝ていました。まだ喉はカッカと燃えています。しかし、野口晴哉さんのいう「風邪の効用」を信じてポジティブに行こうと思います。三月はミッシェル・ドネダとの共演から釧路・ハワイと続き、なんとか無事に乗り切ったのだから、この辺で次のステップを身体が要求しているのだ、と解釈。
ハワイイレポートを続けます。
3/20
マウイの朝の気持ちよさ、なんとも言いようがない。ロバートが移住した理由の一つだろうと確信する。深夜着いた宿舎も大邸宅。BASSのハードケースも小さく見えます。↓


ロバートはラバトさんのための新曲の調整がうまく行っていないという。リサイタルで何曲か伴奏をすることになっているし、自作自演もあるしというわけで夫妻もホノルルへ。
楽器はなじみのクルト号へ無事載せる。そして私たちを運んでくれたのは何とジョン・クレイトンさんだった。ジョンは「私、タクシードライバーで~す」と笑っている。クレイトンさんと言えば、Jazz bassの神様?、レイ・ブラウンの跡継ぎとして世界でもっともプレステージの高い仕事をしている。実際、今回もレイ・ブラウンからの遺品のBASSを持ってきていた。また、ISB(国際ベーシスト協会)の会長を務めていたこともある。今回もクラシックとジャズリズムセクションのワークショップを何の隔てもなくやっている。
コメントのコメントで書いたこととも関連するが、彼からは大きなミュージシャンシップを感じる。ドライバーをヴォランティアで買って出ることもそうだし、昼食のケータリングでは、みんなの料理を皿に盛っていた。別に1人1人で取ればいいだけの話なのに、と言ってしまえば、それだけだが、彼が率先してやっていると並んでいる生徒達、先生達に自然に何かが伝わる。みんなで良い会にしようよ、ということが、拡がっていく。それもまったくこれ見よがしではなくごくごくフツーに自然に。本当に自然にやっていなければできないこと。
私たちのマスタークラス「新しい音楽のテクニック」(ちょっと気恥ずかしい)にも参加してドンドン鋭い質問をしてくる。発想の違いや、それがどこから来るのか、その発想をどのように音楽にしていくのか、それを人に伝えるときはどのようにするのか、など基本的で最も大事なことを私から引き出してくれる質問をしてくれるのだ。英語でのクラスでとっちらかっている私の頭を見透かして整理をしてくれているようだった。ありがたかった。クレイトンさん以外でも多くのプロミュージシャン、教師、楽器屋さんもドンドン良い質問をしてくれる。これこそミュージシャンシップだな。考えてみれば、私の考えや技法などをこのようにちゃんと提示できる場が日本であったろうか?
ともかく、クレイトン・タクシーはfestivalの本拠地、カメハメハスクールに向かう。ハワイイを統一したカメハメハ大王の名を持った総合教育施設。山を一つまるまる学校にしている。その一番上に音楽学部があり、そこを会場としている。トイレの表示もハワイイ語で書いてある。ネイティブの誇りを持った施設なのだろう。「みんなの歌」のカメハメハは実像と違う。良いことでは無い。
さて、BASSフェスティバルだ。
例えば21日のスケジュール
8:30 ヨガ・ワークショップ 担当 ポール・エリスン
9:00 グループレッスン 担当 ラバト、エリスン
10:00 上級ラバトテクニック 担当 ラバト、エリスン
11:00 講義「大事なオーディションへの準備」担当タッド・シーバー(ボストン交響楽団)
13:00 新しい音楽のテクニック 担当 テツ・ノブ
14:30 クラシックマスタークラス 担当 クレイトン
16:00 無料ミニコンサート 現代音楽室内楽トリオ、ロバートポロック作品、SoNAISH(テツ・ノブ)
19:30 場所をホノルルアカデミーオブアーツ、ドリス劇場に移し、フランク・プロトリサイタル。自作、ジャズ。
これに、ヤング・ベーシストのスケジュールが若干加わる。
という日が一週間続く。
井野さんのピーターのガット弦に興味を示すココ。(キモの飼い猫)これは食いもんじゃないんだよ。それとも東京井野家の10数匹の仲間の匂いがした?


2006.04.03 Monday
ハワイイ報告 3/20 夜
3/20夜
レンタカーを借り、超能力を使ってカイルアのビーチハウスに辿り着く。井野さんの運転は一流です。その晩は、キモの姉妹の家でフランソワ・ラバトの誕生パーティがある。キモのお姉様はCD↓を出しているハワイアンシンガー。アメリカの映画によくあるままのホームパーティ。巨大テントにはバンド(クレズマ系音楽)仮設バーカウンターには二人のバーテン。食べ物もジャンバラヤー、サラダなど取り放題。

ラバトさん75歳。ハワイコントラバスfestivalを始めたジョージ・ウェリントンSR.さんはハワイで有名なコントラバス奏者・教育者でした。彼はラバトさんを崇拝していて、彼をハワイに呼ぼうと最大の努力をしたそうです。ラバトさんの行くところに全て現れ「ハワイに来て」と言い続けたそうです。そんな事情もあり、ラバトさんはこのfestivalでは特別な存在。美女のフラ、歌に満面の笑み。↓

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フランソワ・ラバト、フランク・プロト両氏の名前を知ったのは25年くらい前。当時、コントラバスの新しい音楽を聴こうと思ったら、銀座山野楽器の輸入盤コーナーしかなかった。(溝入敬三さんに教わった。)そこで彼等が立ち上げたリーベンミュージック、レッドマークレコードなどの存在をしり、胸をどきどきさせながら高い高いLPレコードを買ったものでした。今や巨匠となり、世界中から生徒が押し寄せ、contrabass祭で引っ張りダコの人たちですが、当時は一生懸命普及・宣伝していたのかなと思うと、今度は私たちの番なのでしょうか?
ラバトさんはシリア生まれ、アズナブール、ブレルらシャンソン歌手の伴奏などで知られ初め、独特のテクニックを高めていきました。初めからすべてが認められていたわけではなく、苦節の時期もあったということ。テクニックとは、自分が言いたい音楽を表現するのに必要な技術であって、どんな楽譜でも初見で弾ける技術では無いことを身をもって示した人と言えるかも知れません。クラシック界やジャズ界でもう一流となっている人も彼のレッスンを受けにパリに通っているそうです。所謂クラシックの愛好者、もう少し自由な音楽の愛好者の心をグッとつかんだのでしょう。
好々爺然として何もこだわらないような風貌ですが、楽器や弓に対するこだわりは相当で、楽器製作者、弓製作者を育て続けています。弓は1グラム単位で全然違う、なんて言っています。フランスでの楽器・弓の伝統とはこういうおっかない演奏者との関係から出来てきているのでしょう。今回、彼の楽器を作っているクリスチャン・ラボリーさん、弓を作っているジル・デュオーさんもfestivalに参加しています。みんな彼と仕事が出来ることを喜び、誇りに思っているように見えました。
ちなみにクリスチャン・ラボリーさん制作のカーボンファイバーエンドピン↓は、とても興味深いものです。なんとこのfestivalの参加BASSのおよそ80%以上はこれを使っています。フレンチ弓を使って演奏中に楽器があまり動かない人には特に良いと思います。クレイトンはジャーマンですが、やはりうまく使っていました。なんと言っても、弦の振動がテールピースに伝わり、さらにテールワイヤーに伝わった音がエンドピンに伝わって床に逃げてしまわない。これが画期的なことです。わたしもそう言う構造を夢見ていました。その上、音が44°の角度で上を向いているので奏者には音が直接聞こえる。そのためラバトさん曰く「音量が二倍、二倍!」一応買ってきましたが、私がBARREにつけるかどうかは未定です。

もう1人参加していたのはニューヨークのデヴィド・ゲージからスポロケット・ロイヤーさん。↓彼は元奏者なので話が早い。楽器のことが何よりも好きと言う感じ。私のBARREや井野さんのPETERをさわれて本当に嬉しいと言ってくれました。 ベース漬けの日々が続きます。ワークショップ会場でクレーの絵のようなアロハシャツを着てゴキゲンの井野さん。


2006.04.05 Wednesday
プロトとラバト
超過重量に新たな情報が手に入りました。先にBlogで言った1ユニット16400円というのは、南北米大陸間との話。ヨーロッパ・アジアは従量制なので、超過重量1kgに対して、ノーマル運賃(これをちゃんと買っている人っているのかしらん?)の1.5%。預ける荷物との合計で超過を計算できるのですが、預ける荷物の制限も南北米大陸間は32kg以下(いろいろな条件がありますが)に対して、ヨーロッパ・アジア間は20kg以下なのです。めんどうなことこの上ないです。しかも、現実は担当のスタッフによってすべて決められてしまいます。もっとイヤ~な感じなのは、航空会社のお偉いさんを知っていれば「お咎め無しで関所通過」なんてこともあると聞きます。みなさん、負けずにがんばりましょう。
バリーガイさん、デヴィッドゲージさんはトラベルベースを作ったし、カーボンファイバーのベースも幾つかできています。フライトケースをカーボンファイバー化することもボチボチ始まっていますが、いまのところかなり高価。世界各都市にベーシスト管理の下で信頼できるレンタル制度の確立も希望です。一番望ましいのは世界中のベーシストがまとまって航空会社と交渉して基準を作ることでしょうか。いずれにせよ先は長そう。
気を取りなおしてハワイイ報告続き
こう言うときはこの人に登場してもらいましょう。誰が呼んだか知らないが「いかがわしさはハワイ1、 黄昏のハワイアンシンガー グレン・タカヤマ 歌うは、“ダイアモンドヘッドの夜は更けて、雨はわたしの涙なのよ!”」

プロトとラバトのコンサートの模様を報告します。
場所はホノルル・アートアカデミー内のドリス・デュークシアター
3/21はフランク・プロトリサイタル
まず、マウイの作曲家ロバート・ポロック作曲 “Earth” ビブラフォン・ベース・ソプラノのトリオ作品。ベースはホノルルフィルの首席。確実ないい音をしている。楽器をよく見ると、デヴィッドゲージのリアリスト(ピックアップ)が装着してある。こういう人もアンプを使う、例えばJazzを日常的にやっているのだろうか。曲はKandinskyの詩!を使っている短い曲だった。
さてプロトさん登場。
まずlessons for solo double bassという自作品。David Walterに捧げたもの。(プロトの先生)楽しかったレッスンの模様を編み込んでいる。WalterさんZimmermanさんの次の世代がプロト、ラバト、ツレッキー、バールになるわけですね。
つづいてDuo No2 for Violin and Double Bass 世界初演 4楽章構成。ヴァイオリンはDarel Starkさん。なかなか凝った曲だ。
一部の最後はMingus-Live in the Underworld とOde to a Giant チャールス・ミンガスとディジー・ガレスピーに捧げられている。ODEの方はISBのソロ課題曲になった。Mingusの方は俳優であるフミ子の弟サム・ウェリントンが客席の後ろから「ミンガ~~~ス」と叫びながら登場、以後のナレーションを担当する。会場がなにやら活気づく。
第二部はハワイ在住のグラミー受賞ギタリスト ジェフ・ピーターソンとのジャズデュオ。エリントンのカムサンデイ、マイロマンス、オールブルース、おなじみのスタンダードを肩に力が全く入らないリラックスしたまま進む。ジャズは本当にアメリカの伝統なんだな~。プロトさんは演奏家というよりは作曲家なのだろう。大向こうをうならせるような演奏はラバトさんにやらせて、自分は自分の時間の中で飄々と暮らしているという感じ。
3/22は同会場・同時刻からラバトさんのリサイタル。彼には花があるし、festivalの主役だけにお客様の数と期待が違った。二年前は日本の王様レコードでジャズスタンダード集を録音したばかりだったのでジャズばかり演奏した。彼をよく知る、とくに演奏家同士の間ではあまり評判がよくなかった。なぜなら自作やプロト作品を演奏するラバトさんのよさを知っているからだ。
Poucha-Dass, Reitba, Equationとおなじみのラバト節全開でスタート。プログラムには次がお得意のヴィヴァルディ ヴァイオリンコンチェルトからのアダージオになっていたが、やらなかった。ロバート・ポロックのヴィヴァルディ伴奏を聴いてみたかったな。ロバートはこの日のために新曲を用意していたのだが、二人の間の意見があわなかったようで、延期。よくあることらしい。
La Guerre et la Paix, Chasse a Cour, Iberique Peninsulaireと自作が続く。拍手もだんだん熱狂的になる。この日一番の大曲Paganini Variation(プロトとの共作)、唯一楽譜を見ながらの演奏だったが、ミスもなく超絶技巧を見事に弾ききった。ロバートの伴奏も見事。
そのあと、Le Cri, Le Mi dans le Milleと自作を弾き、引っ込もうにもスタンディングオベーションの連続でアンコール、アンコール。最後にはポール・エリスンも出ていってデュオでラバトメソッドの典型的な曲を急速ユニゾンで弾きたおした。恐るべき75歳。前述のラボリーエンドピンも一番有効に使っていたように見えた。
キモのサーフショップでオフを楽しむグレン・タカヤマさん?↓

集合写真を撮るというのでぞろぞろ出てきました。赤いシャツのラバトさんの右隣、ベースが地面に埋まっているように見えるのが、デヴィッドゲージのトラベルベース↓

ラボリーエンドピンの付け方↓

2006.04.07 Friday
私たちのコンサート その1

これ↑が、スイスのダジャレオヤジ。彼はプロで新宿のハイアットホテルでも長期にジャズを演奏していたそう。そんな彼が、生徒格で身銭切ってこのfestivalに習いに来ている。ある時は10歳の子供に交じってレッスンを受けている。偉い!
初めは普通だった関係が、レクチャー、ミニコンサート、若者達のワークショップなどを重ねるうちに、親密になっていく。日に日に、生徒達、先生達、楽器屋さん達が親しみを込めた挨拶をしてくれるようになってきた。井野さんの言うとおりです。ちょうど良い感じになった日に私たちのコンサートがありました。良い感じです。まあ、ラバトさんがハイライト的なコンサートをしてしまった直後、同じ場所、同じ時間なのでやりにくいことはやりにくいですが、比べてはいけません。(その日のコンサート写真はいずれアップ出来ると思います。)
その当日も、新しいテクニックのレクチャーを午前中にやりました。(こんな教室です↓)自作品から一曲選び、レクチャーというよりは体験ワークショップのかたちです。(E♭チューニングの曲。)ここでは、「自己表現をするな」「サウンドの一部に成れ」ということ。「リズムをだそうとするな、リズムは空中にあるのだから、そこに自分の身体を合わせていく」ということを少しでも感じてもらえばという目論見でした。若い人たちには思いの外、伝わったようでとても嬉しかった。

こういうフェスティバルでは、自然に「上手なひと・成績のいい人」が重宝され、褒められる、当然「下手」な人は劣等感をより強くすると言う傾向になってしまいます。それじゃ、つまらないよ、と思い、若者のワークショップをする時は、「いままでいろいろな先生に習ったでしょうが、この時間は全部忘れて!」と始めました。後で聞くと私たちのレクチャーを受けてから「嫌々行っていた息子が、いそいそと楽しそうに行くようになりました。」とか「コンサートを聴いてから、子供が踊りっぱなしです」「あなたの指導の曲は全く音が違いました」なんてコトバをいただきました。
私たちのここでの役割は、「当たり前のことって、そんなに当たり前?」という問いを実践してみせることだったのかも知れません。それをきっかけに「自分って何者?」という問いに導かれれば良いなと思います。
例えば、自分の気持ちが落ち込んで何にもうまく行かないときは、「駒のすぐ近くを弾き続ける」と良い、と言います。倍音ばかりの雑音と言われる音群です。こういう「雑音」の中から様々な数学的な操作によって「選ばれた」音達が音階となる。でも本来は全ての音は平等なのだ、正しい音、間違った音なんて本来ありえないのだと言う話をします。実際にこういう音を5~10分弾き続けると本当にスッキリするのです。自分が正しい音を選んで音を出しているという意識は、所有意識が強すぎてつまりません。身体にも悪い。自分というトンネルを通って音がでてくるイメージを薦めました。
クラシック系の人は、譜面に書かれていれば、それこそどんなことも平気で弾いてしまいます、弾くだけでなくアクションを入れたり、しゃべったり歌ったりもします。しかし、即興でやってみて、と言うと途端に固まってしまいがちです。またジャズのアドリブというと、複雑なモダンジャズのコード進行を分析して、使っていい音、使ってはいけない音を意識して、メロディーをその場で作っていかなければならない、ということで「ワタシデキマセン」状態になってしまう。
かたやJazz系の人は、「コードが書いてあればその場でアドリブしちゃいます。ひどいときも多いけどね。クラシックは敷居が高いし、偉そうでイヤ。弓の修行も時間がかかりそうだし、、、、」
「こんな可能性もあり、じゃない?」という曲を思いっきり弾く、それが今回私たちSoNAISHの目的、存在意義だったのでしょう。CDに入れた私の曲を中心に、ピアソラを一曲まぜて選曲しました。
本番を前に緊張の井野さん(ウソ)↓

2006.04.07 Friday
私たちのコンサート その2
久しぶりの快晴で気持ちが良い。昼飯を早々ケータリングで済ます。今夜どうしてもコンサートに来ることが出来ない生徒達が二人CDを欲しいと言ってくる。CDの売り切れを心配してくれている。大丈夫、大丈夫、と思ったが彼は正しかった。即完売してしまったのだ。日本では信じられない事態が続いている。↓この井野さんの口がSoNAISHのSHの正しい発音のしかたです。ホント。私はまだ出来ない。トホホ。

クルト号とレンタ号でドリス・デューク劇場に移動。とてもフレンドリーなスタッフに感謝しながらリハーサル開始。といっても時間もまだまだあるので、ロングトーンを延々と弾いたり、ベースのソフトケースにくるまって仮眠したり、ストレッチをしたり、立ち位置をいろいろ試したり、ゆっくりゆっくり。地下にある劇場のためか、空調をしているのに湿気がある。この地でベースをメンテするのは予想以上に大変だ。ジャコ・パストリアスがフロリダでのコントラバス維持が難しいためにエレキベースに集中したと言う話を思い出す。ここでは、キッパリとカーボンファイバー楽器にしてしまうのも手かも知れない。
一曲ずつゆっくりと進行を確認したり、今日初めての試みをやってみたり、余裕のリハすなわち本気の演奏が続く。こうやっていると予定の曲だけで二時間くらいあっという間に過ぎる。「ゆっくり、丁寧に」というのは本当に大事なことですね。日本ではなかなか出来ないこと。
井野さんの喫煙場を探して楽屋裏から地上に出る途中、事務所のドアに「らくだの涙」の大きなポスター(3月2日のBlogに書いた映画)なんとなく、良い流れの中にいる気がする。
開演時間になったので、勝手にステージへ。ちょっとなまった「まってました!」の声。クルトだ。彼は日本演劇史が専門なのでそう言う言葉をよく知っている。簡単な挨拶、ガット弦であることなどを説明して、演奏に突入。
休憩を入れずに曲目解説をするだけで、一気に1時間20分。(ストーンアウト1楽章・コントラバヘアンド・オンバクヒタム琉球弧編・街・シクロ・黒石・王女メディア~Invitation)あっという間の出来事。演奏中だんだんと濃密な空間になっていく。私たちが作っているというより、私たちも何かに従っているような感覚。好きな感覚だ。王女メディアのイントロでは、ベースを横たえてのテールピース、テールガット弾きや、詩の朗読も挿入した。
暖かいアンコールをいただいく。立って拍手してくれるお客様もあちこちに見える。よし、アンコール。「月の壺」を取っておいた。最後まで弾かない演奏。遠くへ音が帰って行く。ありがとう、ありがとう。充分楽しむことができました。
いろいろな人が話しに来る。CDにサインをしながらいろいろな話に花が咲く。なかでも日系の人たち特に沖縄から移住してきた人たちが、オンバクヒタム琉球弧編の六調のリズムがよかった、と言ってくれたことは印象的だった。スーッといろいろな時間・歴史が通り抜ける。スイスのダジャレオヤジも「なんて正直な音なんだ」と絶賛してくれる。
今日のコンサートを聴くためにマウイに帰るのを延期してくれたロバート夫妻、クレイトン、フミ子と一緒に大評判のrestaurantで打ち上げ。評判が良すぎて、座るまで30分くらい待った。オランダ出身のロバートさんの奥さんと、オランダでオーケストラを数年やっていたというクレイトンさんの話とか、激務に途中でうつらうつらしてしまうフミ子、いつになくゴキゲンなロバート、運転のため飲めない井野さん誠に誠にすんません。ビールいただきま~す。料理もピカイチ。音楽をやっていて良かったという時間です。一時過ぎ、カイルアに帰り、二人で祝杯。お疲れさまでした。

2006.04.09 Sunday
クレイトンさんコンサート

これ↑が昨日の井野さんのBlogに出ていた寄せ書きです。
最終日、クレイトンさんコンサート。ハワイ大学のオーディトリアム。入り口に楽器のオブジェ。箏と三味線があるのが印象的↓

レイ・ブラウンの楽器を軽々と持ち上げ舞台に登場。(G,D,A弦はオブリガード、E弦はスピロコア)やはりでかい!腕も手もベースにとって理想的、普通の日本人の1.5倍はあるでしょう。一緒に並ぶとお尻が我々の胸のあたりにある。クラシックのコンバス名曲(クーセヴィツキーなど)、ジャズ、ジョビンなどを織り込んだソロでつかみはOK。
続いて息子(ピアニスト)を呼び入れてデュオ。まず、自分の子供の頃の話とかをベースに乗せて、語りをまじえて、笑いで会場を一つにする。曲目はジャズベーシストが書いた曲を中心にしている。さすがのアイディアです。その後、ドラマーも呼び寄せて、リラックスしてスウィングするジャズチューンを展開していく。ドラムを入れようと、ビッグバンドであろうと、彼はベースアンプを使わない。生で出来ない時は会場のPAシステムを使う。ピックアップを付けているクラシックの奏者とおもしろいコントラストだ。
欧米、特にアメリカで、ベース奏者にとってクラシック・ジャズの分類は無くなっているが、演奏現場としてのクラシック・ジャズはキッチリと確立しているのだ。
リラックス、スウィングなどは音楽、特にジャズではとても大事な要素なのだと改めて理解。アメリカで育った数少ない大事な文化なのだな、と納得させる会場の雰囲気。彼に迷いなど無いのだ。昨晩の打ち上げでの会話で、普段の仕事の話になり、私の仕事などを何とか説明。その後、井野さんの話になる。「井野さんは、日本で一番忙しいベーシストだったんですよ。でも、今は方向を変えて自分で大事だと思うことだけをやっているのです。」というと「なぜ?」
意味が全く分からないと言う感じだった。10月か11月に、初めて自分のグループで日本にくるということです。
会場満足。ミュージシャン満足。彼にしかできないことを全うしている。演奏途中で、今回の主催者フミ子を舞台に呼び出して豪華な花束を渡し感謝を述べる。かっこよすぎるぜ。このあとワイキキのホテルへ行って1時半までジャムセッションをしたそうです。ジャズ!
ウェリントン一家。左からキヨエ(フミ子の娘、13歳ベーシスト。フミ子。ジョージ、フミ子の弟、ベーシスト、録音技師、奥さんが洗足学園でヴォーカルの先生。息子のラスカル、日本語うまい。フミ子のお姉様。)

2006.04.10 Monday
発表会の日
ワークショップ、コンサートなど全て終了後、発表会の日。場所は昨日とおなじハワイイ大学のオーディトリアム。ドライバーをしてくれたのは、美術家のチャックさん。いつも使うハイウエイでなく、海沿いの道を行ってくれる。切り立った山、瀧、鯨の見える岬など。そうだった。ここはハワイイだった。ベース漬けの一週間だったためにそんなことは忘れていた!

大学に着き、リハーサル。みんなちょっと緊張気味。E♭チューニングをクレイトンさんが主導してピアノで合わせる。リハーサルにはクレイトンさんも参加してくれる。↓

しばらくして発表会開始。参加生徒の家族の人たちが客席につく。
多分エリートコースを行くのだろうな、と思われるアジア系の女性が一等賞。ゲーリー・カーとシュトライヒャーのいいとこ取りをしたような音でボッテシーニ。日頃とても安定していたのに、舞台に立つとちょっと焦っていた。
クレイトンさん指導のジャズチューン。おそらく初めてジャズを弾くような少年少女たちがビートを刻む。続いてオーストラリアから参加のポッジオリさんとジョージ・ウェリントンさん指導でのベースクアイア。初心者もフィーチャーしてのアンサンブル。さすがに馴れた先生だ。ちょっとある声部が安定してないとジョージやポッジオリさんスッとそこへ行って弾く。
ベースに関するエッセイコンテストの発表。かわいい少女が一等賞だった。それに続いて私たち指導での曲だ。客席の父兄に「これから演奏するのはいままでとは全く違っています。間違った音が無い!演奏です。」とちょっとアナウンスして始める。サンバ風・カリンバ風のパーカッシブな演奏から始める。大勢でやると楽しい。一等賞を取ったエリートさんも急に参加してくれたが、やはり入り込めない感じだった。でもよく参加してくれたなあ。この日本人はいったい何やっているのだろう、という顔。ともかくありがとう。いろいろなベーシスト・人間が世の中にはいるのだよ。
Invitationのメロディ断片を合奏。みんなには伝えなかったが、この日は東京で旧友・川崎克己さんの偲ぶ会が行われているのだ。自らの死を悟っていた彼は自分の偲ぶ会を、冗談とも本気ともワカラナイ調子で企画していた!その中に私の演奏で詩人が詩を朗読すると言うのがあったのだ。舞台本番を何よりも大事にしていた彼、海外が大好きだった彼は、きっとここでの演奏を喜んでくれると思い、私はこの場にたった。最後の盛り上がりの中で舞台上手の上の方に彼の顔が見えた気がした。

そしてこの日は井野さんの誕生日でもあるのだ。おめでとうございます。SoNAISHな一年を!生と死、セ・ラ・ヴィ。
これで私のハワイイ報告は一応終了します。
2006.04.14 Friday
近況 テツ編
井野さんはドイツ。私、5月はアラスカ!です。それもゲンダイオンガク祭。フェスティヴァル委嘱ベースフィーチャーの新作を2曲弾く羽目になっています。しかもヘンツエの弟子というドイツ人シュテファン・ハーケンベルグさんの作品は未だ出来ていない。早く~してくれ~。もう一曲はドイツで勉強した韓国人リーゴンヨンさん。最低音から人工ハーモニックスまで要求されています。
私と、もう1人ギリシャのマンドリン奏者ドミトリス・マリノスさんがフィーチャーされることになっています。マンドリンのゲンダイオンガクはちょっと楽しみです。ハッキリ言って人様の作品の解釈・演奏は私の得意とするところでは無いです。頼みこんでソロ演奏も2回やらせてもらうことにしました。何故そこに行くことになったかというと、
昨年ニューヨークで会ったジョセリン・クラーク女史(http://jocelynclark.com/)に口説き落とされました。ハーバード大学で博士号を取ったばかり。日本に来て日本語と日本の箏、韓国に行き韓国語とカヤグム、中国に行き中国語と中国箏をマスターしたという人。天才っているのですね。うらやましい。その三国の中で韓国音楽が一番フィットしたそうです。マンハッタンの超美味韓国レストランに連れて行ってもらった時(沢井一恵さんと一緒に)、馴染みの顔をしているので、よく聞いたら昨日も来て、店のカヤグムを弾きまくったということ。明るい人です。ゲンダイオンガク演奏を躊躇していた私に「来ちゃいなよ。楽しいよ。平気平気」と言われている内に「ハイ」と言ってしまったわけでした。
いろいろな出会いを求めて旅をする、ということですね。
4月中は、箏カルテット・螺鈿隊のために一曲作ることになっていて、頭の切り替えが難しいです。演奏家・作曲家・事務員・家事etc. まだありそう。
当然ですが、楽器運搬はまた決まっていません。アラスカで借りる可能性もあり、また運ぶこともあり、じっくりとねばり強く交渉しましょう。リーさんの曲はよく読むと五弦ベースを想定してるし、その詰めもしないと。
2006.04.20 Thursday
大成節子展とテツ個人Blog
SoNAISHのジャケットアート、並びに詩を提供してくださった大成節子さんの個展が明日から始まります。

アトリエTK 4/21~4/27銀座8-11-13 山田ビル地下1階 03-3569-3133 節子さんは21.22.24.27にいらっしゃるとのこと。また、アトリエTKはこの個展を最後に閉めるそうです。
SoNAISHにあまり関わりのないことを書くBlogを開始しました。ご覧ください。
http://blog.tetsu-saitoh.com/(注;今はありません。近日どこかに掲載します。)
井野さ~ん、写真まだ~?
2006.05.26 Friday
SoNAISH CD オーディオ雑誌
お久しぶりです。
アラスカに二週間行ってきました。ムースが歩いていたり、太陽と月が一緒に存在したりでした。(詳しくは私のブログhttp://blog.tetsu-saitoh.com/)注:そのうちにほかのページで掲載します。
オーディオ雑誌がSoNAISHのCDに興味を持ってくれました。
6月8日発売予定の「AUDIO BASIC」誌の高音質ディスク聴きまくりで紹介ということ。
やはり、生ガットのコントラバスの音自体がレアなこと。低音ぎりぎりまで下げた音、テールピースを直接弾いた音、弦をたたいた音などの再生はその筋の人には興味深いのでしょうか。
またオーディオマニア向けの店 MYUタカサキ http://www.myutakasaki.com での販売も開始する予定です。
思えば、私の初めての録音 ソロベースの「TOKIO TANGO」も故長岡鉄男さんが喜んでくださり、オーディオ方面からの注文が多かったことを思い出します。じっくり低音を聴くにはある程度のオーディオ装置が必要なのでしょう。かなわない人は、是非ライブに来てください。CDでは味わえない生音があります。
何にせよ、CDを作ったかぎり、広がっていくことは望んだとおりです。
2006.05.08 Monday
SoNAISH 発売記念ライブ
7/12にSoNAISHのCD発売記念ライブを行います。
新宿ピットインです。是非お越しくださいませ。
6/30にも高田馬場ホットハウスでSoNAISHあります。
世界で一番小さなライブハウスですので要注意。
2006.06.13 Tuesday
CD発売記念ライブ3連発
SoNAISHのCD発売記念ライブが三つになりました。

2006.06.14 Wednesday
オーディオマニア
有名なオーディオマニアという住職が「SoNAISH」を気に入ってくれ、その筋では有名なホームページに感想を書いてくれました。ありがたいことです。
http://www5.nkansai.ne.jp/users/hakobune/
長岡鉄男さんのお墨付きをもらったという「箱船」でのSoNAISHの音はどんなものだろうか?
私はかつて長岡さんの「方舟」におじゃましたことがあります。「この位置に座ってみて」とかおっしゃって聴いた私の何枚かのCDの音には本当に驚きました。録音現場の雰囲気が甦りました。CDにはものすごく多くの情報が入っていることを再発見した次第でした。いろいろ聴いた末に、自衛隊の大砲の音を再生してくれました。これにもぶっ飛びました。
私たちは発達したデジタル技術のほんの少ししか普段の生活では使っていないと認識しました。